第88話
「お父様はいったい何をお考えなのかしら...。」
エルケの話では、テオ兄様は王宮にこもりきりだけど、お父様はガーラント邸の執務室にこもりきりだということだった。食事も使用人達が執務室に運んでいるとか。それにお母様が今はガーラント公爵領の領地運営を代行しているみたい。
じゃあ、お父様は執務室でいったい何をしていらっしゃるのだろう?
「お嬢様、お茶をどうぞ。
それと、こちらはフリックル男爵からのお届け物のようです。それとお嬢様宛に手紙が1通届いておりますね。」
「エルケ、1通ではないでしょう?あなたの後ろにある手紙の山は何?」
「焚き火の燃料でございます。」
「あのね...。封書の大きさから明らかにパーティーか何かの招待状に見えるわよ。」
そう、エルケの後ろの猫脚の丸テーブルの上には30通はありそうなほどの手紙の山があった。
「うっかり運んできた使用人あとでシメル...。」
「いや、後ろ手にロープ持って呟くの本気で怖いからオヤメナサイ。
大丈夫よ、エルケ。それは王宮以外からの招待状ってわけね。私は気にしていないわ。」
レオンハルト様以外からの、とは言えなかった。
おそらく、私が王宮で倒れたことにより、貴族たちが邪推し、これを好機にとガーラント家に擦り寄ろうと自分の息子達から私に茶会やパーティーの招待状を送りつけてきたのだろう。
きっと、レオンハルト様にも今同じようなことが起こっているはず。私の代わりに王太子妃にどうかと、落選した王太子の婚約者候補を筆頭にたくさんの貴族令嬢達の家からの招待状が届いていることだろう。
「それで?その小包はフリックル男爵からのものなのね?開けてみましょ。あら、これは。」
エルケからひとかかえほどの包みを受け取り、開封すると、中身は以前リオにお礼がしたくて注文した『世界の秘境にみる建築』という本だった。箔押し本革仕様の立派な本の下にラッピング紙とリボンが同梱されている。きっと私が読む類の本ではなかったから贈り物であろうとフリックル男爵......ヨルク店長が気を利かせてラッピング用品を入れてくれたのだろう。
「..........リオ。」
2人で街を歩き回った日が懐かしい。
あれからずっと会えていないな。
どうしてるかな。
そっと、両手で本を取り出し真新しい表紙を見つめる。
「このまま私は......王太子の婚約者から外されるのかしら。」
私が倒れた日、何が起こったのかところどころ記憶がないけれど、レナーテ様と話しているうちに体が異常に熱くなって、魔力が暴走しかけたのは覚えている。
自身で魔力暴走してしまったけど、エルケの話ではレナーテ様や他の者に危害はなかったらしいから、おそらくゲームのようなバッドエンドにまではならないはず。
でも...私の魔力は光と闇。闇魔法は王宮で使用を禁じられている。その闇魔法で問題を起こしてしまったのだから、私はきっと王太子の婚約者から外される。きっと今王宮で私の今後の扱いに対する審議が行われているはずだ。
「............っ。」
ズキンと胸が痛む。
なんで?このまま婚約破棄になれば、私が10年間望んでいた結果になるじゃない?
ズキンズキン。苦しい。
望んだ結果なのに、苦しい。
苦しいよ。
助けて。
助けて?
私は誰に助けてもらおうとしてるの?
ーーー『なぁ。アリィのその婚約者と俺となら、いや、今の俺とならどっちが好き?』
リオの言葉が頭に浮かぶ。
「.............どっちが、なんて。」
レオンハルト様とリオ、あの日まで比べたことなんてなかった。
この胸の苦しさはリオの手を取ればなくなるのだろうか?
本当に?
レオンハルト様を忘れて?
レオンハルト様を....
「お嬢様。」
はっと顔を上げるとエルケが1通の手紙を差し出してきていた。
「ごめん。考えごとをしていたわ。この手紙は?」
「レナーテ・フォン・エルドナドル公爵令嬢様からのお手紙です。」
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