第86話
◇◇
王宮で魔力切れを起こし、目覚めたらいつのまにかガーラント家の自室に寝かされていた日から何日経っただろうか。
ーーーガーラント家の本日の昼食は、
「1番っ!僭越ながら使用人頭のワタクシが歌わせていただきますっ!」
「あっ!ずるいですよ。僕が先です!1番っ!テオドール様の専属御者ラーレンが消えるトランプをお見せしますっ!」
ガーラント家の本日の昼食は......
「おい、俺が先だ!アリシアお嬢様!皿洗い担当のビルドナです!故郷の楽器を演奏しまっす!」
「ちょっとお待ちなさい、あなた達!アリシア様はそんなものよりこちらのほうが喜ばれましてよ!
アリシア様!侍従長のサラニーです!いまからお嬢様担当の侍女達が紙芝居を...」
「いえいえ、侍従長殿、こちらほうがお嬢様はお気に召されるのでは。アリシアお嬢様、執事長のナリスドルです。我ら執事達によるタップダンスを...」
えーっと、ガーラント家の本日の昼食はひっじょーに騒がしい。
昼食はずらりとテーブルに並び、美味しそうな香りで食堂が満たされているのは普段と変わらないのだが、
同じようにずらりとガーラント家の使用人達が食堂にひしめきあっていた。
「私が。」「いや、俺が。」「私達めが。」と昼食を食べる私の目の前でかれこれ20分は彼らが私に何かを見せようと揉めあっている。
「エルケ。一体みんなはどうしちゃったのよ?」
「お嬢様が愛されていらっしゃるということですかねぇ。」
スープ用の銀スプーンを片手に持ちながら、目の前の光景に呆気にとられている私にエルケは何を今さらというような表情で揉め合う彼らを見ながらうむうむと頷く。
「愛されてってなにそれ......?あのねっ、みんなもう私なら大丈夫よ?体調も回復したし。ほら!元気!元気!」
スプーンを置いて使用人達に拳を上げた姿を見せるが、使用人達は逆に労しい顔をしてシンッと静まり返ってしまった。
体調というか、本当は魔力暴発したからなのかの魔力切れだったんだけど、何故か王宮で何があったかは周囲の者には話さないようお母様から注意されたので使用人達の間では私が体調を悪くしていたと言うことになっている。
でももう元気でーすとアピールしたのに、なぜ使用人達は眉を寄せて切ない顔をしているのだろう?
「みんなお嬢様に元気になってもらいたいからですよ。」
「だから、もう元気よ?」
魔力の戻った私はもうすっかり元気で、いつもと変わらない日々を過ごしている。
変わったことといえば、最近テオ兄様が忙しいらしく王宮に寝泊まりして会えていないこと。
「もうすっかりいつも通りよ。テオ兄様に最近会えてないのは寂しいけど。あとはいつも通り......。」
そこでつい言葉を切ってしまった。
実はいつも通りじゃないことがもう1つある。
それは、“レオンハルト様と私とのお茶会がなくなった″こと。
本来ならば王宮の1室で受ける王太子妃教育も今は先生がガーラント家の敷地内にある別邸に住み込みで授業時間に本邸に来て授業をしてくださっている。
つまり、私はあの日から王宮に一度も招かれていないのだ。
「「「「お嬢様っ!!!」」」」
「へ?」
使用人達がいきなり私のほうに身を乗り出してきた。
「トランプを!」「いえ、紙芝居ですわっ!」「タップダンスです。」「俺のコンサート!」
「ええええっ!?ちょっ、みんな!落ち着いて!?」
わらわらと寄ってくる使用人達に慌てる私。
エルケに助けを求めようと振り返るがエルケはニコニコと使用人達を見ているだけである。
なぜか興奮しまくった使用人達を誰か止めてよーと周りを見渡すと、食堂の入り口に白い調理服を着た大柄の男が仁王立ち姿で立っていた。
「そ、総料理長......?」
私をテーブルごと囲んでいた使用人の1人、さっき確か皿洗いのビルドナと名乗っていた青年が、入り口の大柄の男を見て固まる。そう、入り口に立ってぷるぷると両拳をを震わせている男は私もよく知っている我がガーラント家の総料理長だ。
なんかめちゃくちゃ彼、身体震えてますけど...。
突然現れた総料理長の圧倒的な威圧感にさっきまで騒いでいた使用人達全員が静かになり怯えた顔でゴクリと喉を鳴らした。
あっ!もしかして、彼が作ったメニューを食べる途中で大騒ぎしていたから気に障ったとか!?
ご、ごめん!
とにかく謝っておく!?食事中は静かに料理を味わいますー!
「総料理ちょ......」
騒いだのは私ではないが、どうやらきっかけになっているのはエルケの言動を考えると私のようなので、とりあえず謝ってしまえ!と口を開きかけたその時。
「アリシア様!」
バッと両手を前に突き出す総料理長。
「は!はいぃぃっ!?」
お、怒られる!?
シュビバババッ.....!
「え?」
目の前に白い布が舞う。
そして総料理長も舞う。
白い布の端を持った総料理長がシュタン!と片膝をついて着地した。
気のせいかキラリーンと彼の銀歯が光ったような気がする。
「「「「お、おおおおおおお!!!」」」」
「えええええっ!?」
周りの使用人達がどよめく。
そのどよめきの中、私は目の前の光景に絶句した。
私の目の前にある料理皿が置かれていたテーブルクロスがないのだ。
料理皿とカトラリーはまったく動いていないのに。
パチパチパチパチと拍手が沸き起こる中、総料理長が胸に片手を当てて礼をしながら、「アリシアお嬢様のために徹夜で練習いたしました!」と宣っているけど、そうか、昨晩やたら皿が割れる音が屋敷中に響いていたのはそのせいだったのね。
めちゃくちゃ上手な『テーブルクロス引き』でしたわ......って、あなたも一発芸のためにきていただけかーい!!
「アリシアお嬢様。ガーラント家の使用人は皆、アリシアお嬢様が大切なのです。」
私の後ろから横に来たエルケがほんの少し広角を上げふうと鼻で息をはいた。使用人達を見渡す彼女の眼は優しい。
「エルケ......。みんな......。」
感極まる私の横で、「総料理長のお給金から割れた皿代は引かせていただきます。」と真面目顔に戻った執事長が金額をメモっているけど、みんなの拍手喝采に応えている総料理長には今は黙っておこう。うん。
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