第83話 ≪レイノルド
レイノルド語りです。
◇
「おっと、あぶない。」
「あ!ああ、フラナン殿。申し訳ないっ。急いでおりましたゆえ。」
俺に肩が当たった初老の文官が慌てて深く頭を下げ、俺が「気にしないでいい。」と答えると「ありがとうございます。それでは。」とまたバタバタと立ち去って行く。
普段は廊下を走ったりしない文官の爺さん達までが小走りな様子を見て、さっき耳にした情報より実際の状況はかなり悪そうだと俺は確信した。
調度品が並べられた廊下を進むと、両開きの豪奢な扉の両脇に警備兵が2人立っている。その者達に軽く挨拶をし、開いてくれた扉の中へと進んだ。
「意外だな。あんたがまだ王宮内にいるなんて。
とっくの昔にガーラント公爵家にすっ飛んで帰っているかと思ったのに。」
ガチャリと扉が閉じたと同時に放った俺の軽口に執務机について仕事をしていた金の髪の男が顔を上げた。
「レイノルド、ここは王宮だぞ。敬語で話せ。」
「えー、嫌だよー。どうせ、あんたがガッチガチの結界張ってて会話は外に聞こえないんだろ?テオドール。」
俺がそう答えると目の前の金髪の男、テオドール・フォン・ガーラントの美しい顔が苦虫をつぶしたような表情になる。
一見、平常心を保つようにしているようだが、風使いの俺は空気の波動で彼がいま相当苛立っているのがわかった。
それもそうだ。テオドールが目に入れても痛くないほど可愛がっている、いや、溺愛している、いや、過保護が異常すぎる、いやいや、側から見てドン引きするほど過剰に愛してやまない大事な妹、アリシア嬢が王宮で倒れたんだからな。
俺のような一騎士達には詳しくは知らされていないが、アリシア嬢が倒れたという報告を受ける前に、王宮内で魔力を強く感じた者もいて、何か事故か事件が起きたのではないかと、俺は推測している。
表立っては、アリシア嬢は過労で王宮内で倒れたことになっているが。
「シャルロッテが心配していたぞ。」
「ああ、君の妹はアリシアと友人だったな。」
友人リストを作ってアリシア嬢に近づく者は全てチェック済みのくせに、さも今思い出したかのように話すテオドールに笑ってしまいそうになる。
俺にも妹がいるがそこまで過保護に管理したりはしないな。うーん、うちの場合、妹というより弟だからか......?
「逆にシャルに近づく相手のほうが爆風で死なないか心配だな。うん。」
「は?何か言ったか?」
「んーにゃ、何も。」
俺がテオドールと話しているとバタン!と無遠慮に扉が開いた。
「アリィは大丈夫なのかっ!?」
ずかずかとストロベリーブロンドの大柄な騎士服を着た男が大声で入ってくる。
「ハインツ。いくら結界を張っているとはいえ声が大きい。」
その様子を見たテオドールが額に手を当ててため息をついた。
急に入ってきたこのストロベリーブロンドに青い目の美丈夫は、ハインツ。ハインリヒ・フォン・ブリスタス公爵令息だ。俺と同じ騎士団に所属している。
テオドールやアリシア嬢は奴のいとこにあたるからアリシア嬢が倒れたと聞いて気が気ではないんだろう。
いつもは貴公子然とした振る舞いもどっかに飛んで行ってしまったかのように、雑になっているみたいだった。
「声も大きくなるさ!
アリィの容態はどうなんだ!?
だいたいテオ!おまえ、なんでそんなに落ち着いている!?
心配じゃないのか!?」
すごい剣幕で捲し立てるハインツに額に手を当てたままテオドールが静止した。
「......落ち着いてる?この僕が?」
普段はさほど低くはないテオドールの声が、地の底を這うほどに低くなった。
そして片腕と金糸の前髪の隙間からこちらを見据えたその翠色の瞳の冷たさに、俺とついさっきまで興奮して頭に血が昇っていたはずのハインツまでもがぞっとして固まる。なんだあれは。
「落ち着いてるわけないだろう?
怒りで我を忘れそうだよ。
本当ならアリィをこんな目に合わせたヤツを......王宮ごとぶっ飛ばしてやりたいほどにね。」
◇ブックマーク、評価で応援いただけたら嬉しいです。