人ゆえに神ゆえに
海底神殿と赤い髪の勇者 side ゼリンダ
「勝手にアタシの結界壊して行くんじゃないわよおぉーーー!!!」
両手を腰に当て、立腹する女神ゼリンダを目の前にしても、恐れ慄くことすらしない。
なんなのこの赤髪の王子は!
ちょっ、「す。すまない。」と謝る男の赤い頭にはまるで犬みたいな耳がすまなそうに垂れている幻覚が見えそうなほどうなだれていて、なんか可愛いんだけど...。ほだされるからやめさないよね。
「って、俺は神殿にもどってるのか?」
そう、戻ってるわよ。
アタシが一瞬で新しくはった結界内に誘導してあげたンだからね。
そして、アタシは結界に穴を開けたことの重大さ危険さをこの赤髪の王子、エアハルトに教えてやる。
「反省してンの?」
「悪かった。俺の行動は謝っても済まない状態を引き起こすところだったんだな。」
だからそんなきゅーんって子犬みたいな純粋な謝り方しないでよ。
「へぇー。ちゃんと反省してンじゃん?じゃあ、その罰もちゃんと受けてもらおっかなぁ。」
「神殿は聖なる場所だ。神が住まう場所を俺は危機に陥らせてしまうところだった。どんな罰でも......。」
殊勝なことを言う彼はどこまでも真摯で素直で。
この神殿で退屈して性格のひねくれたアタシには眩しすぎた。
彼はきっと大切な人達に大切に育てられたのだろう。
エアハルトが目を伏せ、謝罪の言葉を述べている間に、アタシは腹いせに神からの天罰を彼に喰らわせてやる。
「っ!????」
「天罰のでこぴーーん!!」
何が起こったのかわからず、目を見開くエアハルト。
「......ぷっ。くっ、くっ。ぷぷ。あはは!
あはっ。あはは!!あーっはははははははっ!!」
最高よ。
神の結界に穴あけちゃう?
王族のくせに水トカゲ1匹の命ぐらい見過ごせばいいのに助けに行っちゃう?
アタシの気持ちがこの小憎ったらしい生々しい感情にさらされるのも、こんなに腹の底から笑うのも、呆気に取られるのも、結界破られて焦らせられるのも。
新鮮だ。
遠い遠い記憶を思い出させる。
こんなに感情が溢れ出てくるのは久々すぎてなんだか体が痛い。でも嫌な痛みじゃない。
ああ、そうだ。これは。
この感覚は......。
ーーーー私がまだ人間だったころの。
◇
「ゼリンダは神殿から出ないのか?王宮ではこのあとパーティーがあるが。君なら神と気付かれず参加することも......。」
海に誓いを立て、帰り際に赤髪の王子様はアタシにそんな嬉しい誘いをくれる。
アタシは両方の口角を少し上げ、右手のひらに水色の光を集めた。
「アタシはここにいるよ。」
光をエアハルトと赤い水トカゲにまとわせる。
本来なら海面へと続く白い階段を自力で登らせるのだが、彼だけ特別だ。
「ゼリンダ!?」
エアハルトの赤い髪が水色の光に包まれ一瞬で姿を消した。アタシは平然とバイバーイと手を振る。
アタシを楽しませてくれたから...そして、だからこそ問答無用で送還させないとアタシがこの楽しさに慣れてしまっては困るから。
「バイバイ。アタシはね。
こっからは出られないんだよ。」
エアハルト達が居なくなった静かな神殿内に俯いたアタシの声が小さく響く。
「......で、出れないのは誰のせいかわかってンの?」
その声にささーっと何かが神殿の柱の影に隠れた。
「隠れてンじゃないわよ。結界壊れた隙を狙って入ってきたつもりかも知れないけどね。アンタが入ってきたんじゃなくて、アタシがわざとアンタをここに入れてやったのよっ。」
ツカツカと柱に近づく。
柱に隠れたソレは今の自身の力の弱さを知っているのか柱から出てくることはない。
「出てきなさいよ。」
神力を使いズルズルとソイツを、黒い霧の塊のアイツを柱の影から引きずり出した。
アタシの神力に必死で対抗して逃れようとする拳大のソレを感情のない顔でアタシは見つめた。
「あら、小さい。
情け無い姿ね。
今のアンタはその姿で王宮内をうろつくのが精一杯って感じ?
ねぇ、ねぇ、なんでアンタみたいな悪しきモノをこの女神ゼリンダ様がこの神聖な神殿内に入れてやったと思う?」
しゃがみ混んで黒い霧の塊ににっこりと微笑んでやる。
「こうするためだよ!!」
次の瞬間立ち上がったアタシは思い切り黒い霧の塊を踏み潰してやった。
一瞬で霧散して消滅した黒い霧があった場所にはもう何もない。
だけどアタシは話しかけた。
そこにいたはずのヤツに向けて。
そして今は亡きあの人に向けて。
「アンタらのせいで、アタシは......。
気が狂いそうだよ。
ずっとずっと終わらない時間を...悠久の時を
一人で、ここにいるのは......。
ねぇ、なんで、なんでアンタ達はあんなバカな争いを起こしたンだよ。ねぇ、教えてよ......。教えて。」
誰もいない海の神殿では、その答えを教えてくれる者も勿論いない。
時折聞こえる水音だけが、俯き立ち尽くす海の女神を気遣うように小さく響いていた。
《人ゆえに神ゆえに 完》
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