海底神殿と赤い髪の勇者 ⑦
そうだ。俺は異端だ。
この赤い髪や瞳の見た目も他国の血が混じる生い立ちも、そしてこの身に宿す能力も。
そのせいで、母をよく思わない者たちから陰で虐げられてきた。
「一度海に誓いを立てれば、アンタはこの国に強く結びつけられる。
そして、逆にアンタの母親の祖国との結びつきは薄くなる。
アンタはルビナスの民にとっては太陽の存在よ。王者の風格を持っているわ。
しかし、このシーガーディアン国にいる限りは、その眩しい光ゆえに周囲の影は濃くなるでしょうね。」
濃くなる影......つまり、俺が王族としてこの国に関われば関わるほど、それをよく思わない者たちの不満が高まるということか。
「光は光の中に、水は水の中に。
存在しやすい場所は明らかだわ。
それでもアンタは海に誓いを立てられる?」
ツンッと俺の髪先を引っ張った後、空気中をまるで泳ぐように体を翻し「きゃはははは!」と笑いながら石碑へと再び降り立った。
「迷っちゃうわよねぇ。迷っちゃうわよねぇ。
だって、」
海の神ゼリンダは石碑の上にしゃがみ込み、両手で頬杖をついて俺をまっすぐに見た。
すうっとゼリンダの深い海のような青い瞳が細められ、口元がニヤリと弧を描く。
「誰でもわざわざ辛い思いなんてしたくないっしょ?」
「.............。」
......おそらく今俺は試されている。
ルビナスの血も流れる俺が本気でシーガーディアン国に、海に、誓いを立てられるのか、と。
見た目も気性も、俺はきっと母の国の血筋が濃く現れている。シーガーディアンでは魔法の技術こそが重要視されるが、俺は剣技が好きで得意だ。おそらく戦闘民族であるルビナスの気性が出ているのだろう。母と同じく膨大な魔力は持ってはいるが、水魔法よりも火の魔法のほうが相性がいい。
王太子の座には特には興味がないが、俺がなるよりも海の神の末裔を絵に描いたような容姿であるアルフォンス兄上やレオンハルトのほうが国民は受容しやすいだろう。そして彼らはこの国でトップクラスの水属性の魔法の使い手だ
ゼリンダに問われ、普段は直視せずにうやむやにしていた自分自身の気持ちを改めて見直す。
考え込み表情の固まった俺を海の神がじっと見つめている視線を感じる。いや、ちょっと待て。
視線は彼女だけじゃない?
「ゼリンダ。」
「ん?なーに?心決まっちゃった?」
「いや、そうじゃなくて、これは何だ?」
俺が指差す方向には、ゼリンダ以外の視線の持ち主がいた。正確には持ち主たちだが。
俺が気づいたことに気を良くしたのか、人懐っこいソレは海底神殿と海の狭間の見えない壁のような結界にピタリと顔面をくっつけて、ジーッとこちらを見ていた。
口元は元からそのような形なのか笑っているかのように緩やかに弧を描き、黒目の多い丸い瞳。
たしか、王都でペットとして人気があるウーパールーパーという生物がこんな容姿をしていたな。
しかし、でかい。形はウーパールーパーに似ているが大きさは大型犬ぐらいの大きさだ。
「ああ。あれは水トカゲよ。んふ。可愛いー!久しぶりに神殿に人間がいるから興味津々なのね。」
両手をあげ、おーい!と水トカゲに言いながらヒラヒラと手を振るゼリンダ。
ほんとにこの人、いや神か、この神はまったく神には見えないのだが。王都にいる少女たちのような振る舞いに唖然とする。
水トカゲは皆同じような可愛い顔をしていた。
ゼリンダに誓いを問われ、張り詰めていた空気が、彼らを見ると一瞬で和むようなそんな顔の作りをしている。
体色は青いのだろうか、海の中では分かりにくく黒っぽく見える。
ーーーーん?
「あの子だけ色が違うな。別種なのか?」
30匹はいそうな水トカゲの群れの中に1匹だけ赤黒いやつがいた。だが、顔は周りの水トカゲと同じようなスマイル顔だ。
「違うわ。アイツも水トカゲよ。んー、おそらく突然変異か何かなんじゃないかしら。」
と、ゼリンダが言った時だった。
バシャン!!
静かだった海底神殿に何かが叩きつけられたような音がした。
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