海底神殿と赤い髪の勇者 ⑥
新作「白魔法使いと7人の弟子たち」を投稿しています。生まれ変わりもののラブコメです。翡翠の作者ページの作品欄でチェックしてみてくださいね。
だが、我らの海が母を歓迎したとしても、王宮内ではそうはいかなかった。
このドゥムーラのように正妃であるシャナス様の後援に周り自分に利がくるよう目論んでいる者たちは、他国から嫁いできた第二王妃は邪魔でしかなかっだのだろう。その後産まれた俺には、このようにチクチクと遠回しな嫌味を言ってきたり、正妃の子であるアルフォンス兄上やレオンハルトと俺をやたら比較して競わせたがる。もちろん実際、兄弟仲は悪くはないから、そんな奴らの思い通りにはならない......ん?あれ?仲は悪くないよな?
はて?と俺が頭を傾げていると、急に近くから聞き慣れた冷たい声がした。
「何をしている?」
その声にドゥムーラ大臣の目が僅かに見開かれた。
彼は口元の笑みをさらにわざとらしく強調して、声の主を振り返る。
「アルフォンス殿下っ!いえ、これはですな。エアハルト殿下にお祝いの言葉をと......」
「そなたには聞いていない。
エアハルト、こんなところで何をしている。私とレオンハルトをいつまで待たすつもりだ?早く、魔法陣の間に来い。」
ドゥムーラには一瞥もせずそう言い切ったアルフォンス兄上は、その綺麗な銀糸の長い髪を翻して、さっさと彼が先程姿を現した廊下の奥へと戻って行く。
「待たす...って、なんで兄上とレオが魔法陣の間に......?」
ツカツカとまっすぐに歩いて行く兄上に追いついて彼の顔を見ると、相変わらず冷たい表情で前だけを向いてはいるが青い眼だけを動かして俺を見た。
「王宮内で私とレオンハルトよりも至妙な転移魔法の使い手がいるのか?」
その言葉に俺は心の底から嬉しさが込み上げた。転移魔法などの高度かつ繊細な術を使用する王族の儀式の際は魔法庁で最高の魔力の使い手が派遣される。
だが、今回は何故だかわらないが王族である兄上とレオが俺を神殿に転移魔法で飛ばしてくれるらしい。
魔力量でもその技術でも兄上とレオほどの魔法の使い手はこの国にはいないだろう。
父が命じたのか、異母兄弟が自分たちで決めたことなのかはわからないが、家族が自分の出発を見送ってくれるのは嬉しかった。
シャナス様もだが、アルフォンス兄上はその無表情さや整いすぎた顔貌から、周囲に氷の貴人のような表現をされ誤解されやすい、そして、レオンハルトは幼い頃より魔力量が高く、周囲から腫れ物を扱うように育てられてしまったためか、他人への感情の表し方が極端で同じ年齢の子に比べるとやや変わっている。
だが、本当はあたたかい。
兄上の瞳もレオンハルトの極端な態度や発言も常にそばにいる俺はそれが決して周囲の人間を拒絶するものではないことをよくわかっている。
兄上から視線をはずした際に目の端にドゥムーラが膝をついて唖然としているのが見えた。
俺たち兄弟は決してべったり仲良しなわけではないが、俺たちを競わせようとする奴らの思い通りにはならない。
「いないな。
兄上とレオが転移魔法を担ってくれるということなら、今頃母上達は安心しすぎて大宴会を始めてるのだろうな。」
そう言って歩きながら笑う俺に、アルフォンス兄上は前を見据えたまま目をほんの少しだけ細めた。
近くにいる俺にしかわからないほどの変化だけど。
そして、魔法陣の間に着いた俺は、兄弟に見送られ地上の神殿で禊を受けた後、海に現れた海底神殿への階段をゆっくりと踏みしめながら降りていったのだった。
...........とここまでは俺としてはまじめにこの儀式に臨んだはずだったのが。
「で?オッケー?海に誓える?オネーサンは準備オッケーよ?誓うならさっさと誓っちゃお?」
なんだか、すごく発言が軽いなこの海の神......。
ゼリンダ、と言ったか。
美しい顔を縁取る銀の髪は緩いウェーブを描き、重力を無視してまるで海の中に漂うように揺れている。神殿内は海水などなく空気で満たされているというのに不思議だ。
そのフランクさから一見、美しい人間の女性に見えるが、やはり神だということか。
「それとも誓うことに迷っちゃう?」
「どういう意味だ?」
俺が訝しげに眉を顰めると、急にゼリンダの姿が石碑の上から消えた。
「!!」
一瞬の間に俺の眼前に女神の美しい顔が現れる。
(速すぎて見えなかった.....!!)
女神ゼリンダは宙に浮きながらニヤリと笑うと、呆気に取られている俺の髪に指先でつまむように触れた。
「綺麗な赤い髪ね。
赤い髪は火の神の愛し子の証。
アタシの愛し子達は皆銀やそれに近い色をしているわ。
この国ではアンタは異端よ。
でも太陽の国では、アンタを皆歓迎するでしょうね。
それほど母親の血を濃く受け継いでいる。」
俺たち以外誰もいない静かな海底神殿の中で女神の声が響き渡る。
時おりコポコポと聞こえる神殿まわりの海の音がさらにこの場所の静けさを強調し、軽いはずのゼリンダの言葉が俺に厳しく突き刺さった。
◇ブックマークや評価で応援いただけたら嬉しいです。