海底神殿と赤い髪の勇者 ④
「とっても仲良し?」
若い使用人達が口をぽかんと開け呟いて、目の前の光景に唖然としている。
王族の前でなんともはしたない姿だが、気持ちはわかるぞ。見た目クール美人の第一王妃と他国なら後継者争いでもめてもおかしくない立場の第二王妃が肩を組んで宴会だーと騒いでいる姿を見たら誰だって唖然とするだろう。
なんでもこの2人実は親友と呼んでいいほどの仲らしい。正妃シャナス様は普段は寡黙でさらには周囲の人間に冷たいイメージを与えるほどの美貌の持ち主。そのイメージや性格からなかなか他人と親しくなることが昔からできなかった。しかも王妃として選ばれ、立場的に他の令嬢と関わる時間もあまりなく、さらに孤立しだしているときに、俺の母親と出会ったらしい。
俺の母上は当時からあんなざっくばらんな豪快な性格で、シャナス様にぐいぐい近づいていきいつしか意気投合して今に至るそうだ。
「ふっ。仲良いということは良いことだけどな。」
いそいそと酒宴の準備をしだした2人の母上を横目で見ながら食事を終えた俺は父親に挨拶をし食堂をでた。
このあと、俺は生誕神告の儀のメインである海底神殿に赴くのだが、その前に禊と呼ばれる儀式を行うために地上にある神殿に行かなければならない。
地上の神殿は王宮から魔法陣で飛ぶ。
3時間ほどの禊後に神殿で神に供えられる食事と同じものをとり、そして海中へと続く階段を降りて行き、海底神殿で海の神に成人の報告と海への誓いを捧げるのだ。
不思議なことにこの海底に続く階段は必要な人間の前にしか現れないらしく、無関係な人間がともに降りようとするとその者は瞬く間に海にのまれるらしい。
俺は食堂を出た後、その足で王宮の魔法陣の間に向かった。
「この気配は......。」
つい眉間に皺を寄せてしまう。
母上に似たのか、基本誰とでも話せる俺だが誰とでも話せるが故に人の心の裏側を察する能力も人並み以上に長けていた。
その思惑たちは自分に対する愛情のような心地よいものであるときもあるが、時には憎悪や野心のような胃がムカついてきそうな嫌な感情のときもある。
いま俺の前方からこちらに向かってくる人間は明らかに後者の感情を俺にぶつけてくる人物だった。
「これは、これは、第二王子のエアハルト殿下ではありませぬか。」
顎髭を触りながらにこやかに話しかけてきたその人物に、俺についてきていた侍従と近衛兵達の周りの空気が張り詰める。
「......ドゥムーラ大臣。」
「いやいやいや、本日はまことにおめでとうございます。無事にご成人の日を迎えられ、この老いぼれも今朝から感極まり涙で前が見えませぬ。」
白々しいな。ふっと笑いがこみあげる。
涙がでるとすれば自身の思惑がうまくいかないからであろうに。
「それほどまでに祝ってくれるとは俺も嬉しい。では、儀式が遅れるので俺はこれで......。」
端によけて話しかけてきていたドゥムーラから視線を外し、歩き出そうとした時だった。
「上水場の者達も涙が絶えませんでな。」
「!!」
ちょうど俺がすれ違う瞬間にドゥムーラが声を低くして囁いてきた言葉に体が固まる。
「大臣!その話は...!!」
近衛兵のうち高位貴族の子息である者がドゥムーラに抗議しようと声を上げたが、俺はそれを片手で制した。
「かまわない。言いたいことがあれば言えば良い。」
「いえいえ、言いたいことなど。ただ灼熱の国に相当量の水を送ることの大変さをわかっていただけないかとですな。ほほほ。」
「母の祖国にカナートを作り干ばつに悩む民のために水を送ることを決めたのは父上だ。王の意向を変えることなどできない。」
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