第81話
絵画に描かれている長く美しい銀髪の長身の青年。
その瞳は穏やかな海のようなあたたかい色をしていた。長い銀髪や青い目はレオンハルト様の兄のアルフォンス殿下に似ている。しかし醸し出す雰囲気がまるで違う。アルフォンス殿下も王族の気品や威厳を纏っているが、目の前の絵画の中の青年は言葉では言い表せないほどの王者としての品格を漂わせている。
きっとそれは彼が神であったから。人間では到底敵うことのできない絶対的なオーラだ。
「見ての通り、ここにはこのような古い絵画や調度品、おそらく昔実際に使用されていた魔具や武器防具などがそのままの状態で保管されている。
魔力のある者がむやみに立ち入ってしまえば古き物にどんな魔力影響があるかわからないんだ。
時折、王族や管理のものが保管状態を維持するためにこの場所を訪れる以外は誰も立ち寄らない場所だ。
先日......私が魔導書保管庫に近づかないようにアリシアに言ったことも同じ理由だよ。」
あ、と思う。
つまり、魔導書保管庫もこの王城の跡も、未知の物が多すぎて危険だから、レオンハルト様は私に近づいてほしくないのだ。
とくに私は、自分の魔力をうまく使えない。膨大な魔力をもっているのに自身で制御できない私がこういった場所に立ち入れば何が起こるかわからないのだ。
「......恥ずかしいです。」
そう言って彼の胸元に顔を埋めた私に、ん?とレオンハルト様が首を傾げた。
「誰も見ていないよ。それに大切な婚約者の体調が悪くて抱き上げているのだから誰も気にしない。」
姫抱っこされていることを恥ずかしがっていると勘違いした殿下が小さく笑う。
恥ずかしいのは姫抱っこのことじゃないです。
いえ、姫抱っこも恥ずかしいけど。
本当に恥ずかしかったのは、自分が、自分だけが除け者にされたような気持ちになった自分の心。
レナーテ様は入っていいのに私はダメなの?と悲しくなった......嫉妬心。
そこまで考えて、はたと気づいてしまった。
そうだ。これは嫉妬なんだ。
つまり、私はレオンハルト様のことを。
前世の推しだから、とか、仕事後の癒しだったからなんてそんな尊ぶ気持ちなんかじゃなくて。
私は本当に目の前の彼を......。
抱き抱えられている今なら顔を上げたら彼の瓶底メガネに隠された瞳を下から覗くことができるだろう。
でも私はまだ彼の素顔を直視する自信がなかった。
ふっと目線を逸らした先に壁にかかった沢山の絵画がある。
(あれ?)
視線をそらした先に、先程殿下に教えてもらったこの国の建国者達の絵の中に1人だけ雰囲気の違う人物が描かれていた。
玉座に座る王の奥隣、口元に小さく笑みを浮かべて立つ茶色い髪の男。顔の造りがどことなくアルフォンス殿下やレオンハルト様に似ているし、服装から見て王族か高位貴族なのだろうが、髪や目の色が周りに描かれている人々とかなり違った。少年と青年の間のような瑞々しい雰囲気を纏ったその男性の髪はまるで、一面の稲穂のような輝きを持っている。そして、その同じ色を宿す瞳は意志の強さを現すかのように一心に前を見つめている。
ーーー未来を見つめるかのように。
(一面の稲穂のような輝きの髪......あれ?私、以前にも誰かを見てそう思ったことが......?それもつい最近......?)
ふと感じた既視感を再度確認しようと身を乗り出した私にレオンハルト様が声をかけた。
「アリシア、疲れているだろう?
安全な場所に出るまでしばらく眠っていれば良い。」
そう殿下が言うとなぜか瞼が重くなった。
レオンハルト様が何か眠りの魔法を使ったのだろうか?
抵抗できないほどの眠気が私の視界を徐々に狭くしていく。
あの絵画の人物は誰なんだろう?
そう思いながらまどろんでいた私は、その時レオンハルト様がある一点を睨みつけていることに気が付かなかった。
私は既視感を覚えた茶色い髪の男の絵を、殿下がなぜか射殺すほどの視線を向けていたことも知らずに、魔力が尽きかけた体のだるさも相まってその倦怠感に引きずられるようにして眠りに落ちていった。