第80話
「お、降ろしてください!!」
畏多さと恥ずかしさでカーッと顔が熱くなる。
「なぜ?寒いのだろう?このまま私の...僕のマントに包まっていればいい。それにアリシア、今の君は1人では歩けない。」
「歩けますよっ!ほ、ら.........?」
さ、寒いどころか顔が熱いです!
恥ずかしさで涙目になりながら殿下の腕から降りようと彼の肩下に手を当てたが、その手はまるで力が入らないまま、腕ごとカクンと下がってしまった。
「え...!なんで......!?」
「言っただろう?君は今1人では歩くことはできない。立っていられたのも不思議なくらいだ。
君の体にあった魔力のほとんどが無くなってしまっているのだから。」
「私の魔力が......?」
レナーテ様の言葉にカッとなって、彼女を咎める発言をしてしまったところまでは憶えている。そのあと身体が急激に熱くなって、それから.....の記憶が思い出せない。あのあと私は魔力暴走でもしたのだろうか。
でも、私は相反する2つの属性である光と闇の魔力を同等量持っていてそのせいで魔力制御が難しく、幼いころに何度か魔力暴走をしたことがあるけれども、今のように全く力が入らなくなるようなことはなかったような気がする。
私は自分の手のひらを眺めた。
体内の魔力をほとんど感じない。
これではまるで魔力を根こそぎとられたかのよう......?
「アリシア、見てごらん。」
考えこむ私を見ていたレオンハルト様は、その視線を上にあげて私にも見るように促した。
「これは......?」
レオンハルト様の視線を追うと、薄暗く広い部屋の壁に沢山の絵画が飾ってあった。それらは先程彼が引き起こしたブリザードにより積もった雪たちの小さな輝きに照らされ、ぼんやりとその様を露わにしている。
中央にある大きな絵画はかなり古いこの世界の地図を描いたものだ。その絵画の両隣には歴代の王族の肖像画、そして、中央の絵画の上部には玉座にすわる美しい長い銀髪の男とその親族らしき複数の人物が描かれている絵画が掛けられていた。
「この部屋はこの王宮がまだ王城であった時代に造られた部屋なんだ。そしてさっきアリシアが開けようとした扉の先には当時の玉座の間がある。」
“王宮がまだ王城であった時代”というのは、今でこそ煌びやかなシーガーディアン宮殿がシーガーディアン城と呼ばれ要塞として存在していた大昔の時代のことだ。
その昔、海の神は海の民を陸の神の脅威から守るためにこのシーガーディアン城を築いた。
2大神は激闘のすえ、海の神が勝利し、軍備を強化し要塞として築かれていたシーガーディアン城は争いがなくなるとその軍事機能を必要としなくなり、しだいに改装を繰り返した末、今の宮殿のようにただの煌びやかな王族の居城として姿を変えたと言われている。
ただ、現代に生きる人々には海の神と陸の神の戦いは本当にあった歴史というよりかは、子供の寝物語で聞かせるような昔話としか認識されていない。
貴族や騎士達が宮殿のことを王城と表現する場合があるのは昔宮殿が要塞であったころの唯一の名残だ。
私は改装、改築、増築を繰り返してきたシーガーディアン宮殿にいまだに王城時代の玉座の間がそのまま残っているとは知らなかった。暗い空間には警備員や騎士団員も、宮廷使用人すらいない。
この場所は王族のみ入ることを許可される場所なのだろうか?
殿下の胸元でキョロキョロと辺りを見回す私の様子を眺めていた殿下の表情は相変わらず瓶底メガネであまりわからなかったが、彼は何かを決心したかのように小さく息を吐くと再び目の前の絵画へと視線を上げた。
「壁にかかっている肖像画は我ら海の民の祖先達だよ。そして絵の中の玉座に座っている銀髪の青年こそ、この国の初代国王であって海の神シーガーディアン。この絵では神から人となったあとの姿で描かれているけどね。」