第79話
「......だったら、この場所もレナーテ様なら入ってもよろしいのですか?」
魔力が枯渇したのか力が入らない今の私の状況もレオンハルト様が現れたことにより消え失せた謎の黒い霧や声も明らかに異常な事態であり、彼が私を何かから助けに来てくれたことは心のどこかで分かっているはずなのに、私の口から出た言葉はそんな責めるような言葉だった。
パキン...ッ!
レオンハルト様が動揺したのか足元の氷にヒビが入るかのような音が聞こえる。
「レナーテ?なぜ彼女が話にでてくる?」
瞬時に入ったヒビを修復したのか床上を冷気が走ったのがわかった。
「本を持っていらっしゃいました。魔導書を。
レナーテ様は魔導書の保管庫に入る許可をレオンハルト様にいただいたと。
......先日、殿下は私に保管庫には近づかないよう仰っていましたから、この場所も私はダメでもレナーテ様なら近づいても良いのかと思いまして......」
勢いでそこまで気持ちを吐き出して言ってから、急に落ち着きの戻ってきた私ははたと気づいた。
王子に対して何を言ってるのかしら、私は、と。
国の頂点である王族が決めたことなのだから、入ってはならない、近づいてはならないと言われたらその通りにするしかないはずなのに。
「っ。申し訳ございません......っ。
い、いまのは聞かなかったことに......え?ええっ!?わわわわ!!」
謝罪の言葉をそこまで言った瞬間、私の周りにぶわわっとブリザードが吹き荒れた。暗い空間にキラキラと輝く氷の粒が縦横無尽に暴れ出したのだが、私とレオンハルト様に当たることはなかった。
いきなりのことに目を瞬かせていると私を抱き込むレオンハルト様の両腕がさらにぎゅうと力を込めてくる。
「レ、レオンハルト様?」
なぜか私の声に反応してさらにぎゅうぎゅうと締め付けてくる彼の腕。そしてさらに荒れ狂うブリザード。
「く、くるし......」
「はぁ、アリシア、それはもしかして、ヤのつく気持ちかい?」
「え?ヤのつく......?」
ヤがつく気持ちってなんだろう?
首を傾げていると、勝手に「そうか!そうなのか...!」と1人で結論を出した殿下が全身で私をホールドしてきた。
で、殿下!?い、息ができませんが!
まさか私、殿下直々にこのままこの場所で断罪の制裁を受けて息絶えるの!?
そ、そんな、私そんな重罪を犯したかしら?
......そういえば、この場所になぜか来てしまう前にレナーテ様を責めるような言葉を言ってしまったわ。
まさかあれが罪とみなされ、このまま私は...?
自分の人生の最期を予感した私が青い顔で殿下を見上げるとなぜか殿下は頬を紅く染め、瓶底メガネが太陽を浴びる水面のようにキラキラと輝いていた。
「ああ!!なんてことだ!!やきもち!?アリシアがやきもちを?この僕にやきもちを焼いて!?この世の春なのか!?この世に春が到来したのか!?」
「は!?え?え?」
春とは言い難い、暴風雪が荒れ狂う中でレオンハルト様は何故か口元を綻ばせて歓喜の声を上げた。
「喜びで全身が震えてきたよ。アリシア。」
「そ、それは寒さで震えていらっしゃるだけなのでは?」
殿下と私の周りは殿下の魔法で猛吹雪ですので。
「ああ、すまない。寒いのか?アリシア?」
「いえ、私がではなくて......」
殿下は私たちの周りに結界を張っているらしく雪の一粒さえ私には当たらないので実際寒くはない。
「えっ?ちょっ、殿下っ!?」
しかし私が寒がっていると勘違いしたレオンハルト様は、あろうことか私の膝下をすくいあげて抱き上げ、自身のマントで包んでしまったのだった。