第78話
お久しぶりです。いつも読んでくださっている皆さまありがとうございます。
◇短編小説『異世界転生なんて、そう簡単に起こるわけないだろ?と隣のイケメンが揶揄ってきます。』も投稿しました。もしよろしければ読んでみてください。
歩き続けると急に周囲の圧迫感がなくなって、すごく広い空間に出たような気がした。歩き続けるその先、暗闇の中に大きな両開きの扉が見える。
その扉の先は一体なにがあるのだろう。
私の意識に直接響くこの声の持ち主はそこにいると言うのだろうか。
そうぼんやりと考えている間に、私の意思とは関係なく動く私の体は、扉へと歩み続ける。
扉はいつからこの場所あったのだろう。古めかしく細部まで丁寧に彫られた紋様が随所に散りばめられていて、この場所この向こうの空間がただならないものであることを物語っているかのように思えた。
だんだんと近づくその重厚な扉に、私の奥底で小さな恐れのような、それでいて先に進むことを渇望しているかのような相反する小さな戸惑いが生まれた。
『案ずるな。』
声は私の心を見透かしたようにふっと笑う。
『俺はおまえ達に近く、遠く、それでいて近い者。これはおまえの婚約者であるあの王子にも言えることだ。おまえは俺を気にいるだろう。怖がることはない。我らは同じだ。同じ存在なのだ。』
近く、そして遠く、近い。
どういう意味なのかはわからないけれど、たしかにこの声は心地よい。
まるでどこかでずっと聞いていたかのような以前から知っていたかのような、そんな安心してしまう声音だ。
自分を誘う声に、身体中がうっとりと惚けたかのような感覚に陥り、私は扉のドアハンドルにそっと手を伸ばした。
『そうだ。扉を開けて中へ入れ。そうすれば......。』
「行ってはダメだ。」
心に話しかけてきていた声が聞こえなくなり代わりに耳元で泣きたくなるほど聞きたかった相手の声がした。
急な制止の声とともにぐいと後方に体を引かれ、相手の胸に背中から抱き込まれる。
その瞬間、
.......パキパキ、パキパキパキパキ!!
私の足元、いや正確には私を引き止めて抱きこんでいる彼の足元から冷気が吹き出し、氷の結晶を撒き散らしながら、まるで急速に伸びていく蔦が地面をはうかのように放射線状に床を凍結させていく。それは付近の床を全て凍らすと、上へ上へと這いあがり、目の前の扉をあっという間に飲み込んでいった。
そして、扉は完全に氷で覆われてしまったのだ。
「行ってはダメだ。アリシア。」
扉を開けようとした私を制止した時とは、まるで違う懇願するかのような小さく掠れた声。
私を抱き込む力強い彼の腕を動かすことができるようになった自分の両手でそっと触れる。
ふわりと彼から漂う柑橘系の香りがぼんやりと漂っていた私の意識を急速に覚醒させていった。
「レオンハルトさ......」
「この扉を開けることは僕が許さない。
君は、君だけは絶対にこの中に入ってはならないんだっ。」
「............っ!?」
私はこの時初めて知ったの。
良心をチクチク刺すハリネズミやヤマアラシの痛みなんて、ほんとに可愛いものだったのだって。
だって、レオンハルト様から今放たれた言葉を聞いた時の私の胸の痛みはそんな可愛い痛みじゃなかったから。
まるで、とてつもなく大きな氷柱に心を貫かれたような。
息もできない。涙すら出せない。
そんな、全身が固まってしまうほどの、
ーーーー壮絶な痛みだった。