第12話
「ぎ........」
知らない男性に抱きとめられている現状を把握した私の思考回路がフリーズし、口から警報級の悲鳴をあげようとした瞬間、金髪の男が私の唇に彼の人差し指を押し当てた。
「シーー!ダメだよ。いくら僕と会えたのが嬉しくても、こんな会場で大きな黄色い声なんてあげたら」
「〰︎〰︎〰︎〰︎!?」
いや、黄色い声じゃないし!
会えて嬉しいとかないし!
そもそも知らない人だし!
人差し指はそんなに強く押し付けられているわけではないのに、普段誰にも触られない唇に誰かの体温を感じることにドギマギして口から言葉を出すことができない。
触れている相手の指を思わずまじまじと見ると騎士隊に所属するハインツ従兄様の指と違ってゴツゴツはしておらずすごく繊細な指をしていた。それに、爪横にある硬い部分はペンだこだろうか?
ということはこの人は文官?物書き?
一体誰なんだ?このチャラい男はー!?
ニヤニヤ笑う男は肩下までの真っ直ぐな金髪を後ろで1つに束ね、甘く見つめてくる少々つり気味の瞳は明るい灰色をしている。年齢はレオンハルト様より少し上ぐらいだろうか。エルムグリーンの上着には黒い縁取りがあり、服装は貴族が着るような品のあるものだが少しクラシカルなデザインだ。
「真っ赤になっちゃって、君はほんと可愛いね♡」
ん?
あれっ...?今のって
「君の今日の衣装も可愛いけどね。可愛いというより麗しい、かな?」
「う、嘘......!」
誰も言及してこなかったことに初めて触れられ、ついカッとなって、彼の指を払い除けてしまった。
力任せに払い除けるなど令嬢としてははしたない行為だったと思うが、私のドレスを褒めた金髪の見知らぬ男は気にもしていない様子でニヤリと笑い、抱きとめていた手をずらして私の肩にその腕を回した。
「僕は綺麗な物に対しては嘘は言わない。
君が今着ているドレスはこの国の古典衣装と非常によく似ているよね。
建国時代、国を作り、町や村を整備するために奔走していた王や兵達を必死で支えた賢女達が着ていたドレスの形だ。
動きやすく、かつ優美で素晴らしい衣装だよ。これから国政を支えていく未来の王太子妃である今の君が着るのにふさわしい衣装だ」
そんな大層なことを考えて作ったわけじゃないのに。
ただ、レオンハルト様に嫌われようとして勝手に作り替えてしまっただけで。
自分がしたことがひどいことなのもわかってる。
皆と違うものを着て自信をなくしたり、レオンハルト様に嫌われたと感じて落ち込むことも自業自得なのに。
それでも、この見知らぬ彼の言葉にホッとしてしまった自分がいた。君はこの場所にいていいんじゃない?と言われたかのようで、安堵してしまっている自分がいる。
ん?あれ?未来の王太子妃って......。
私のことをレオンハルト様の婚約者と知っててこの振る舞いって...。
その時、私の後方でガサガサと音がした。振り向くと八重咲きのキキョウが植えてある花壇に何故か不自然にバラの花が揺らめいている。
そのバラの辺りからニョキッと場違いな大きめのメモ帳が突き出した。
エルケ、君か。
そのメモ帳には何やら文字が書いてあり、花壇に身を隠している(本人は隠せてると思っている)エルケが私に何かを伝えたがっているようだった。
なになに?
『・チェラード男爵ご子息 フリートヘルム様
・国史と魔法史のエキスパート
・若干21歳にて国史学研究所所長
・チャラいのがたまにキズ 』
チャラい...、身も蓋もないわねエルケ。
しかし、さすがガーラント公爵家に幼き頃から仕えてくれてるだけあってエルケの情報網は素晴らしい。
人名が出てこない時に本当に助かるわ。
グッジョブ!エルケ!
「君の侍女はユニークだね」
思いっきり本人にメモ帳が見えていることを除けば。
「ん?あれ?チェラード?チャラード?え、ああぁ!!!もしかして第一王子の!」
第一王子ルートの案内人。 女性に無関心な研究バカ...じゃなかった研究ばかりしている第一王子とは対極的に女性がいたらとりあえず口説く、男しかいなくてもとりあえず口説いちゃう、この国1のチャラ男!
この人ってフリートヘルム・ア・チェラードだったのか!!
フリートヘルム、愛称フリッツは第一王子ルートを選んだ場合にのみ出てくるサポートキャラだ。
そうか!ずっと何かひっかかると思っていたのは、さっきの『君はほんと可愛いね♡』のセリフ!!
あれはフリッツの決め台詞だ!
アプリ起動時の最初の言葉がこの甘ったるい台詞で、女性に無関心でなかなか振り向いてくれない第一王子ルートではプレイヤーの心を慰めてくれる唯一の存在だと第一王子ルートを攻略している友達が言っていたっけ。
「えぇ、第一王子アルフォンス様が設立してくださった研究所で所長職に就いているフリートヘルム・ア・チェラードです。
こんな美しいご令嬢が僕のことをご存知とは嬉しいね。
どうか、気軽にフリッツと呼んでほしいな」
「フ、フリッツ...」
なんで、第三王子ルートに第一王子ルートのサポートキャラが登場しているんだろうか?
第一王子アルフォンス様とレオンハルト様は特に仲が悪いわけではないが、ゲームシナリオでは各ルートのサポートキャラは自身がサポートするルート以外には出てこないはずだ。
予期せぬことに頭を抱えていると、後方の花壇からまたガサガサと音がした。振り返るとエルケがまたメモ帳に何か書きつけこちらに向けて掲げているではないか。
「え?『たまには刺激も大切です』?って何が...?」
は?と私が目を点にした瞬間、私の目の前が真っ暗になった。
ゴゴゴゴゴ...とどこからか地殻変動でもしていそうな地響きも聞こえているのは気のせいだろうか。
「何をしているのかな?」
いまだフリッツに肩を抱かれていることを忘れていた私の目の前で、ドス黒い魔力を全身から噴き出したレオンハルト様がにこやかに笑っていた。
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