第75話
一同、ふう、と息をついた。
「レナーテお嬢様!ですから、あれほど持ち歩かずに魔封籠へと入れてくださいと言ったのです!よそのお嬢様にお怪我でもさせてしまったらどうするのですか!」
「ご、ごめんってばぁ!!あまり怒らないでよー。」
ボブカットの侍女の強い叱責に、いつもツンと気丈そうに見えていたレナーテ様がしょげている。
レナーテ様の後方にいた時は気づかなかったけど、やけに背が高い侍女だった。嗜めた彼女以外の侍女もみな背が高いけど黒髪ボブカットの彼女は一際背が高い。
エルドナドル公爵家では使用人面接の際に背も重視されるの?と思ってしまうほどレナーテ様の付き人達はスタイルが良かった。
それにしても、レナーテ様がその背の高い侍女に平謝りしている光景もびっくりだが、目の前の鳥籠......レナーテ様の侍女が魔封籠と呼んだ籠の中でバサバサと落ち着きなく飛びまくる、どこからどう見ても本であるソレはなんなんだろう。私の目は釘付けになる。
これは、あの魔導書の保管室の扉から飛び出してきた本のような鳥、いや鳥のような本?と同じ部類のモノなのかしら?
「フン、びっくりさせて悪かったわ。」
その態度は、あまり悪いと思ってませんよね?
侍女に促されて私に謝ってきたレナーテ様だが、眉間にシワをよせて外方を向いている。
私がじっと見つめているとレナーテ様は再び扇で口元を隠し、ちろりと私に視線だけを向けた。
「......正直言ってワタクシあなたが邪魔なのよね。」
「へ?」
は!!令嬢にあるまじきリアクションを取ってしまった!!
「へ?」じゃないでしょ、「へ?」じゃ!?
でもそれくらいレナーテ様の一言が衝撃だったのよ。
だって、「あなたが邪魔なのよね。」なんて言葉はむしろ悪役令嬢である私が言うべきセリフだわ。いや、前世の記憶がある私は言わないけどね。
「そんな...」
そんなセリフは主人公が言ってはいけないわと言いそうになって慌てて口をつぐむ。
「ガーランド公爵令嬢。あなた、これが気になっていたようだけど。」
言葉を飲み込んだ私の目の前に、レナーテ様は侍女から受け取った魔封籠を突き出した。
中にいる本は、先程までの様子が嘘のように大人しくパタリと羽…じゃなかったページを閉じ籠の中の止まり木をまるでしおりかのように挟んで止まっていた。
「これが何かわかる?ワタクシはこれをかしていただくお礼を言いにレオンに会いに来たの。」
「............。」
「まさか貴方これが何かわからないの?」
「......本、ですわね?」
疑問符が付く私の物言いにレナーテ様は優美な眉を寄せて小首を傾げる。
彼女が動くたびに無駄にサラサラキラキラする水色の髪に、同性である私でさえうっとりしそうだ。これが主人公補正なのね。
「これは魔導書よ。貴方、魔導書を知らないの?」
「っ!!」
「何?どうかしたの?」
「アリシアお嬢様?」
急に頭を片手で押さえた私の肩をエルケが支える。
まただわ。
『魔導書』の言葉を聞いた瞬間、頭がズキリと痛んだ。何なのだろう......。
「......大丈夫ですわ。レナーテ様、魔導書は知っていますが。」
うん。魔導書は知っている。
魔導士達が研究の成果をつらつらと書き留めた書物だ。その内容は禁断の魔術なども含まれているので、取り扱いには注意が必要。だから、普通の図書館や書店では扱われておらず、大抵どこの国でも王家や政府が管理している。
「知っておりますが、魔導書が鳥のように飛ぶなど聞いたことがありませんわ。一体ソレはなぜ生きているかのように羽ばたき動いているのですか?」
「あら。最上級魔導書が飛ぶのは当たり前でしょ?
まさか本当に知らないの?
王太子妃に選ばれた貴方だから、とっくに魔導書保管庫にも案内されたかと思っていたけど、どうやら違ったようね。」
「......っ。」
グサッと心に突き刺さったのは久々のヤマアラシの針のようだ。
魔導書保管庫。
レオンハルト様が血相を変えて、私に来てはいけないと言った場所。その場所にレナーテ様は入ったと言うのか。
「レベルの低い魔術士や魔導士が書いた魔導書は動きはしないけどね。高位魔導士達が記した書物は意思を持っているの。とても不思議なことだけど。彼ら魔導士達の突き上げるような探究心や一種の呪いと呼んでも良いほどの研究心が書物に乗り移ってしまうからではないかと言われているわ。
そして、その最上級魔導書を保管している王宮の魔導書保管庫の鍵を今日レオンが開けてくれたってわけ。
この魔導書を探していた私のために。」
レナーテ様がうふふと笑って魔封籠に頬を寄せた。
「この魔導書は『深愛の守り』。これは恋愛成就のお守りを作るための魔導書よ。
もちろん、そこらで気休め程度の魔術で作られるお守りとは違うわ。その威力は嫌悪されていた相手すら骨抜きにしてしまうほどの効力よ。」
魔封籠を再び侍女に渡すとレナーテ様は勝ち誇ったような顔で私を見下ろした。
前世のゲームでは、そんな恋愛成就のアイテムなど彼女は使っていなかったわ。そんなことをしなくてもレオンハルト様は私よりレナーテ様を選んだ。
彼女がこんな行動にでるのは私に対するレオンハルト様の好感度があまり下がっていないからなのかしら?これもレナーテ様をレオンハルト様と添い遂げさせるためのゲームの強制力?
「それで、そのタリスマンでレナーテ様はレオンハルト様を......?」
廊下に立ち尽くし発した私の声はとても小さくそして震えていた。
◇ブックマークや☆☆☆☆☆評価にて応援いただけたら嬉しいです。評価は下にスクロールして広告の下にあります。よろしくお願いします(^^)。
◇いいね機能も使えるようになりました。お好きな話のところに「いいね」してもらえたらどんな話が人気なのか執筆の参考にします。
◇話の感想やお好きなキャラは誰かなどの言い捨て(?)なども大歓迎です♪