表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王子と私の婚約破棄戦争  作者: 翡翠 律
116/191

第五騎士団チョコレート・バトル!? ⑤


「おお!これは!!

 素晴らしい出来のニャン人形型チョコレートでありますぞっ!」


「ふふっ。遠慮せずに食べていいんだよ。ビーアちゃん。」


 皿に飛びつくベアトリクス。

 その皿を持っていた人物は明るい灰色の瞳を細めてにんまりと口角を上げている。


「チェラード所長......。お聞きしますが、その猫のチョコレートに使われている材料は普通のチョコレートですか?」


 皿の持ち主チェラードに明らかに疑いの目を向ける宝物庫事務員。


「うんうん、もちろん普通の材料だよ。ちょっと体が温かくなって、ちょっと人と距離が近くなって、ちょっと人と仲良くしたくなる材料が入っているだけだよ?」


「明らかに催淫剤入れてますよねえぇぇっ!?

 チェラード所長、退場おぉぉ...!!」


 まともなまともなチョコレート作ってください。


 ううう、と泣く事務員の横で、なぜか子爵令嬢ベアトリクスも泣いている。


「没収されてしまった...。私の推しが...。」


 どうやらニャン人形型のチョコレートが第五騎士団薬物処理班に持ち去られてしまったことにショックを受けているようだ。


「ああ、そう言えば。」


 その様子を見ていたハードルク騎士団長が、胸ポケットからカサリと一枚の紙を取り出した。


「猫といえば、さっきアルフォンス殿下にお会いした時にチョコレートバトルをすると言ったらこれを渡されたな。」


 ハードルクが差し出した紙をベアトリクスは受け取ると目を見開いた。


「バ、バレンタインにゃんイベント!?午前午後の部各先着50名様にニャン人形の肉球型チョコレートプレゼンとおっ!?肉球!?推しの肉球!?ぶほおぉっ!?」


「お嬢様。」


 ささっと、子爵家の執事らしき男が吹き出したベアトリクスの鼻血を真白いハンカチで拭き取った。


「こうしては居られない!ユリアン!!馬車で街まで走るでありますぞっ!!」


「ああっ!?ロナポワレ子爵令嬢様!?まだチョコレート・バトルは終わってな...」


「では、皆さま失礼いたします。」


 宝物庫事務員が走り去るベアトリクスに手を伸ばすが、食堂の扉の前で直角に見事な礼をした執事がガラガラと引扉を閉めてしまった。


「あああああ。唯一まともそうなチョコレートを作っていたロナポワレ子爵令嬢が戦線離脱......。よ、よって失格とみなし退場......!!」


「もう退場してるけどな。」

「先着プレゼント間に合うといいですねぇ。」


 ハードルクとクーノが楽しげに口を挟む。

 あなた方は何もしないんだから黙っていてくださいとは言えず、どっと疲れた気分の宝物庫事務員ははたと気づいた。


 アリシア様、チェラード所長、そして、ベアトリクス様、出場者の4人うち3人が失格となったのだ。

 つまり残るシャルロッテ・フラナン伯爵令嬢は不戦勝となりこの意味のない上司の娯楽バトルは終わるのではないか、と。

 希望の光がさっと刺す。


「では、シャルロッテ・フラナン殿を優勝者として...」


『待て。』


 シャキーン!と刀身が宝物庫事務員の目の前を遮った。


「ひいいぃぃっ!?」


『戦わずして勝つなど騎士の恥!!そうだろう!?そうだろおぉ!?お前たちイィィ!?』


 椅子に上りテーブルに片足をかけ、ブンっと振り回した騎士剣の剣先を周囲の野次馬、ではなかった周囲の観客である騎士達に向ける。

 オオオオオオオオッ!!と歓声をあげる騎士団員達。


「わ、わかりました!わかりましたから、テーブルから足どけてくださいぃ!食堂のおばちゃ、お姉さんが睨んでますからぁーー!!」


 ああああ。シャルロッテ殿がすでに狂剣士(バーサーク)化している。詰んだ......。


 遠い目でもう涙すらでない事務員は口角を引き攣らせながらもバトル続行をすることにした。

 目の前で『ふはははははははは!!』といかにも悪役な高笑いを上げながら白金の髪を振り乱し見事な剣技で敵を切り刻むシャルロッテ・フラナン。


「敵って、チョコレートですけどね.....。」


 間近で見られる見事な剣技に宝物庫事務員以外の周りの観衆は喜んでいる。


『塵と消えろおぉぉぉ!!』


 しゅばばばばっ!!繰り広げられる様々な技によってだんだんと象られていくチョコレートの塊。

 そろそろ出来上がりじゃないか?と言うところまでチョコレートを削ってもシャルロッテは止まらない。


「そこまでだ。シャルロッテ。」


 ピシッとハードルクのサーベルがしなり、シャルロッテの剣が宙に飛ぶ。

 ハードルクがシャルロッテ・フラナンの剣を自身のサーベルで弾き飛ばしたようだった。

 その弾き飛ばされた騎士剣をグローブを付けた手でクーノ副騎士団長が拾い、放心状態のシャルロッテの腰につけた鞘へとなおした。


「食堂で剣を抜いては行けませんよ。」


 宝物庫事務員は、今さら何を言ってるんだという言葉が喉まででかかったが、賢明にごくんと飲み込む。


「うむ。見事な剣技で素晴らしいチョコレートをつくったな。これは聖剣エクスカリバーのチョコレート像か。」


 ハードルク騎士団長の言う通り、シャルロッテが作ったチョコレートは、チョコレートを削り実物大に象った聖剣エクスカリバーだった。


「では、ハードルク騎士団長。判定をお願いします。」


「わかった。」


 聖剣エクスカリバーのチョコレートをパキリと折り、ハードルクがその破片を口に含む。


「美味いな。」


 おおおお!!観衆から称賛の声が上がった。


「しかし、何かが違う。」


 そう言うと、ハードルクは食べかけたチョコレートの欠片を近くの小皿へと置いた。


「違う、とは?」


 シャルロッテも事務員も首を傾げて彼女の次の言葉を待った。


「これはブラックチョコレートの塊であろう?」


「たしかにブラックチョコレートですね。ハードルク騎士団長は甘いものをあまり好まないと聞いたことがあったので、敢えて甘くないチョコレートを選びました。」


 シャルロッテが答えるとクーノがふふと微笑んだ。


「団長。団長想いの団員達が育っているじゃないですか。良かったですね。」


「ば、馬鹿野郎。揶揄うな。」


 自分の団員が自分の嗜好を考え気遣って作ってくれたことに照れたのか、普段クールなハードルクの顔が珍しく赤らんだ。


「しかし、今回は違うのだ。私が求めている味は...」


「これですよね。どうぞ、召し上がってください。ハードルク騎士団長。」


 クーノが差し出したのはガラス皿に置かれたミルクチョコレート。


「クーノ、これは?」


 ハードルクが皿からチョコレートを一粒取り口にいれたまま目を見開き固まった。


「先程作っておりました。チョコレートに混ぜられているのは私達の(・・・)故郷の牧場のミルクです。中に入っているミルククリームも故郷のものですよ。」


「そうか......。そうだ。私はこの味を求めていた。懐かしく優しい味だな。」


 はっ、と笑い下を向くハードルク騎士団長の目にキラリと光るものが見えたのは宝物庫事務員の目の錯覚だったのかもしれない。





「離してくださああぁぁぁいぃぃぃ.....!!」


「あまり廊下で叫ぶな。周りの者が驚くだろう?」


「だったら離してくださいよー!僕は宝物庫に帰るんですぅー!!」


 青ざめて叫びまくる宝物庫事務員をクーノが横かかえにまるで荷物を運ぶかのように軽々と片腕で持ち、ハードルクと3人で騎士団の建物内の廊下を渡る。


 チョコレート・バトルは結局、クーノの出したチョコレートの味が団長を唸らせたものの、彼は出場者ではなかったため、優勝者不在でシャルロッテが準優勝ということになった。

 余った大量のチョコレートは食堂で出される全騎士団の夕食のデザートに使用されると宝物庫事務員は聞いた。

 元よりハードルクはそのつもりだったらしく、かなりの量のチョコレートが提供された。チョコレート・バトルは余興のひとつで、普段頑張っている団員達に何か甘いもので癒されてもらおうかという第一騎士団から第五騎士団までの全団長からの労いだったらしい。


「まぁ、そう急くな。おまえはかなり我らに協力してくれたからな。礼として直々に稽古をつけてやる。」


 ハードルクが満足そうな顔で腕を組み宣う。


「ちょっ、ちょっと待ってください!ぼ、僕は剣技のセンス本当にないんです!それにっ、お礼ならさっきいただきました!例の団長達の故郷の牛乳使ったミルクチョコレートを!」


「あれだけでは申し訳ないですよね。団長。」


「やはり、そう思うだろ?クーノ。」


「サラファルカー副騎士団長、余計なこと言わないでくださいぃっ。

 あ、でも意外でした。団長達の故郷がそんな酪農地帯だったなんで。副騎士団長の言葉にも訛りがないし、お二人は王都に住んでらしたのかと思ってました。」


 事務員の言葉にふとクーノを見上げるハードルク。


「こいつは故郷ではこんなよそよそしい丁寧語なんて私につかってなかったぞ。」


「あなたは今は私の上司ですからね。敬語を使うのは当たり前でしょう?

 それを言うならあなたも随分と言葉遣いが違う。」


 事務員の手前、クーノはみなまでは言わなかったが、ハードルクは故郷ではこんな男のような物言いではなかった。おそらく女性初の騎士団長ということで、自分の第五騎士団の団員たちが周りから舐められないようにする手段として雄々しく喋るようにしているのだろう。


 のんびりとしたあの牧場での楽しかった日々が、王都からの使者の招集依頼により一変してしまった。


「故郷が恋しいですか?」


 クーノはふっと息を小さく吐きハードルクに問うた。彼のオレンジ色の髪が窓からの風にそよぐ。

 ハードルクは眩しそうな瞳を一瞬したが、すぐに前を向き表情を凛としたものに変えた。


「まさか。王都に来いと陛下に言われた日から私はすでに心を決めている。

 これから始まる何かに私が必要なのだ。

 

 ......おまえが故郷にいた時よりよそよそしいのは少し寂しいがな。」


 そう言ってニヤリとハードルクは笑った。

 王宮は、女性であったとしても手に入れたいほど、ハードルクの魔力が必要なのだろう。だから彼女を騎士団長の座につけた。

 これから起こる何かに備えて。


「私は王都に来て良かったと思っていますよ。ただの町長の息子だった私が、副騎士団長になったことによりいまや貴族の称号を頂き欲しいものが手に入りますからね。」


「何か欲しいものがあったのか?

 たしかに王都はいろんなものが売っていてすぐに手に入るよな。」


 しかし、おまえにそんなに物欲があるとは知らなかった、とハードルクが笑う。

 そんな彼女の黒髪を愛しげにクーノが見ていることをハードルクは気づいていなかった。


「ええ。とても欲しい『者』があって、手に入りそうで幸せです。」


 ポツリと呟くクーノの声は窓からの風の音に消えた。



「あのぅ...。ふるさとのお話で盛り上がっていらっしゃるのでおじゃまな僕はそろそろ宝物庫の方に...。」


 抱えられたまま宝物庫事務員が弱々しく2人を見上げる。


「ああ。すまなかった。では、訓練場のほうに行くとするか!」

「そうですねぇ。最近私も執務仕事ばかりで身体が鈍りがちですから、リフレッシュできそうで嬉しいですよ。思いきりやりましょう。」


「え?あ?え? ちょっと待ってくださいぃぃ!!

だから僕はもう宝物庫に帰ると......」


「行くぞ。」

「はい。」


「だから話を聞いて下さいいぃぃぃ......!!

 カームうぅぅぅ!!たーすーけーてーぇぇぇ!!」



 廊下に響き渡る宝物庫事務員の叫び声は、残念ながら昼寝中のカームの耳までは届かなかったそうな。合掌。




     《第五騎士団チョコレート・バトル 完》

無事チョコレート・バトル完結です。楽しんでいただけましたでしょうか?

次話から本編に戻ります。


◇ブックマークや☆☆☆☆☆評価にて応援いただけたら嬉しいです。評価は下にスクロールして広告の下にあります。よろしくお願いします(^^)。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ