第11話
「レナーテ様...」
思わずごくりと喉を鳴らしてしまう。
疲れ切ったOL転生者である私とは全然違う本物の貴族令嬢の威圧感。
前世では存在しない水色の真っ直ぐな長い髪に水面に輝く夏の太陽の光のような意志の強そうな金色の瞳。女性にしては長身でスタイルの良い肢体に瞳の色と同じ金と銀の刺繍の入った白いドレスを纏った彼女は、まるで...。
「ウェディングドレスのようですわね」
「「ひっ!」」
にょきっと薔薇の株と株の間から出した顔に私とラフィは思わず小さな悲鳴をあげてしまった。
「エルケ!!急に変なとこから顔と声を出さないでよ!」
「あら。驚かせて申し訳ございません、お嬢様。
わたくし達従者は表立って会場に足を入れることができませんので、いつもこうして草陰に隠れて主人を見守っているのでございますよ。知りませんでしたか?」
いや、知ってる。
他のご令嬢やご子息の従者達も目立たない場所でそれぞれの主人を見守っていて何かあったらすぐ駆け付けられるようにしていることは。
だけどね、
「エルケのように両手に花の付いた枝を持ち、私は花の中に隠れてます、見えてませんでしょ?的な花の塊を頭に載せた従者はいないでしょ」
「わたくしのお嬢様への角砂糖より固い忠誠心がここまで完全な造花技術と身の隠し技術の習得へと駆り立てたのですわ。そんじょそこらの他家の従者と同じにされては困ります」
「手作りなわけ?それ」
顔をひきつかせながら抗議する私にしれっとわけのわからない言い訳をするエルケである。
いや、この庭で無断で手折った花じゃなく良かった。造花で良かった。角砂糖が固いのか脆いのかはもうつっこまない。
「エルケ殿。お久しぶりです」
一通り私達のやりとりを静かに聞いていたラフィがエルケに微笑みかけた。
そういえば、レナーテ様は?と振り返ってみたが、先程レナーテ様がいた場所にはすでに彼女はおらず、別のご令嬢達が扇を口元に当て楽しそうに語らっている様子が見えた。
「ラファエル様。いつも主人がお世話になっております」
エルケはツッコミ所満載な侍女ではあるが、対外的な儀礼については案外まともなので、優雅にラフィに一礼をした。...両手に造花を持ってだけど。
「花を身に纏うエルケ殿も素敵ですが、庭園のバラの木は庭師が棘を取っているとはいえ、取り残しもあるかもしれません。
株の間に入り棘が刺さって貴方の美しい肌を傷つけては大変です。どうぞ、そこから出てきて私を安心させてはくださいませんか?」
ふんわりと微笑みかけ、決して強制ではなく優しく語りかけるラフィに私とエルケは息を飲む。
さすが癒し系サポートキャラ!
相手を嫌な気持ちにさせず自発的に行動してもらうよう仕向けるなんてさすがだ!
エルケは少し考え込んだ後、ゆっくりと株の間から出てきた。ラフィの前まで来ると最上級の礼をして彼をキラキラとした目で見つめる。ほんのりとエルケの頬が赤らんでいるのは錯覚ではないだろう。
お、おぉ...、もしかしてこの展開は、
「ラファエル様、ありがとうございます。わたくしが愚かでしたわ。......そして今貴方様に言われて気づいたことがあります」
眉を寄せて切なそうな表情をしたエルケを見て、あっ、私もしかしてお邪魔かもしれないと、数歩先でハインツ兄様と話しているレオンハルト様の元に足を向けようとした。
「何を気づいたのですか?エルケ殿」
不思議そうに問うラフィの声が後方で聞こえる
(エルケ、頑張って!)
ラフィは伯爵家の子息だけど確か他にも男兄弟がいて跡取りではなかったはず、男爵家の二女であるエルケとは身分差は少しあるけど、その部分は我がガーラント公爵家の親族の養女になってもらって...。
「棘を通さない革製の服を準備すべきでしたわ」
そう!養女になってもらって頑張って革製の服を...。
......革製の服?
「は?そっち!? って、うわ...!?」
エルケの発言でずるっと滑りかけた私の腕を誰かが掴んでくれたので私はすっ転ぶことなく済んだが、打ってもいない頭がガンガンするのは何故だろう?
「次回は万全の態勢で挑みます。そんな大事なことに気づかないなんてお恥ずかしいかぎりですわ。気づかせていただきありがとうございました。さすが王太子様の信頼の厚いラファエル様でございますね」
羞恥!?頬が赤いのは羞恥だったのかいっ!?
「.........あれ?」
エルケの話を聞いてるとなぜかさらにガンガンする頭を抑えながら、そう言えば私はすっ転びそうになって誰かに支えてもらっていたんだっけ?と今更ながらに気づいた。
ほのかに香る書物の紙の匂いに一瞬いつも本を読んでいらっしゃるレオンハルト様を思い浮かべたが、そのわりには私を支えている相手の肩が長身のレオンハルト様の肩の位置より低い気がした。
それにいつもレオンハルト様が使っている柑橘系の香水の香りとは違うウッディ系の香りがする。
「そんなに僕に抱きとめらているのが心地よいかなぁ?僕としてはこんな綺麗なご令嬢に抱きつかれて嬉しい限りだけど」
そーっと横を向くとニヤニヤと笑う見知らぬ金髪の青年の顔が目の前にあったのだった。
◇翡翠の小説わりと好きだよーと思ってくださった方、ブックマークや☆評価いただけたら嬉しいです。