第69話
「しかしだ。」
レオンハルト様が纏っていた黒い空気が、パッと爽やかなものに変わった。
「アリシアの尊き人生におけるひとときの時間を費やして作ってくれたその相性診断。
一度も受けずに済ますなどあってはならないことである。そうだな?」
「「「は、はいいいいぃぃぃ....!!!!」」」
周囲の人間達が首振り人形のようにカクカクと首を振って頷く。
「アリシア。」
「!?」
周囲の異様な雰囲気に、話を持ちかけた自分のほうが唖然としてしまっていた私の顎をすっとレオンハルト様が爪先まで芸術的に整った指で持ち上げた。
意表をつかれた私はパチクリと目の前の殿下を凝視して固まってしまう。
「あの...?」
「私...僕と君との相性が世界一、いや森羅万象、この世に存在する全てのものにおいて頂点であることを証明してみせようじゃないか。」
殿下のその発言とともになんだかキラキラした粉がまわりに舞い散っている。
ま、まぶしい、じゃなくて、何だかおかしいわ。
先程のレオンハルト様とは違い、口調は穏やかで不穏な空気も纏っていないのに私の背にゾクリと何か寒いものが走ったような気がするのよね。
な、なんだろう、これ?
う、ううん、せっかく相性診断を受けてくださると言ってくださったのだもの。この機会を逃してはならないわっ。
じっと見つめ返しても、分厚い瓶底メガネの奥の瞳は見えず、彼がいまどんな感情を表しているのかを測ることはできなかった。
「でっ、では、お気のかわらないうちに早速はじめさせていただきたいと思いますわっ。
そこの貴方!!」
「ひっ!?わ、わたしですか!?」
私にビシッと指さされた近衛兵の1人が自分を指差しながら、ずささっと後ずさった。
そんなに怖がらなくてもよくない?
なぜだか、周りの衛兵達が「かわいそうに」と言いたげな顔で彼を見つめている。
「この紙を広げて持っていてくださるかしら?」
「は、はいぃぃ...!
はっ!?殿下っ!触っていません!紙を受け取る際にガーラント公爵令嬢様の美しきお手に触れたりなどは決していたしていませんから冷気とばして睨むのはおやめくださいぃぃぃ!!」
レオンハルト様が冷気を飛ばす?
近衛兵の泣き出しそうな言葉に、はて?と後ろを振り返ったがそこにいる殿下はニコニコと微笑んでいるだけに見えた。
「どうかした?」
「い、いえ、では、改めて、第368回 フローチャート式婚約相性診断を始めたいと思いますわ。
やり方は簡単。殿下にはこの紙に書かれている質問に答えていただくだけです。殿下の答えによって矢印の方向に進んでいき、さらに質問に答えていただきます。診断結果は最後まで質問に答えていただくと、この下の空欄部分に私との相性の数値が浮かび上がるという仕組みです。
浮かび上がった数値が高ければ高いほど相性が良く、低ければ低いほど相性が悪い。
将来国を治める立場にあらせられる王太子殿下とその婚約者が相性が悪いなどあってはならないことですわ。相性が悪い場合は即刻婚約破棄を...」
「ほう。その者に持たせている紙は、ただの紙ではなく魔法が付加されたものなのだな。面白い趣向だ。カタカタと紙が震えているのも魔法のせいかな。」
「それは紙を持っている近衛兵が殿下の圧でカタカタと震えている振動のせいですね。」
私の説明を遮るよう発せられた殿下の問いにラファエルが天使の笑顔でにこやかに答える。
「関わらない。関わらない。関わらない。関わらない。」
私の横でエルケが壁を見つめて何やらひたすらつぶやく中、煌びやかな王宮の一室で厳かに闘いの幕が開けたのだった。
ゴーーン(ゴングの音)
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