第68話
「あいしょうしんだん?」
「はい。まずはこちらの紙をご覧ください。」
私の斜め後ろに控えていたエルケがものすごく関わりたくなさそうな顔でピラリと拡げた紙に、その場にいた全員が注目する。
「第368回となっておりますが、第367回まではどちらかですでに行われていらっしゃったということでしょうか?」
「ええ。第367回までは、本番となる第368回のために先程ガーラント家を出発してから王宮に辿り着くまでの間わたくしの脳内でシュミレーションさせていただきました。」
「シュ、シュミ...??」
「王都内の公爵家から王宮まで馬車で来られる間に367回も!?」
「なっ、なんて素早い処理能力なんだっ!?」
王太子の側近らしく素早く内容を読み上げたラファエルからの質問に答えると、私の仕事の早さに驚いた近衛兵達や使用人達からどよめきが起こった。
「ふふ。みんな驚いてるわね、エルケ。」
「はぁ。マナーや教養の授業もそれくらい熱心に取り組んでいただけたら良いのですけどね。」
上機嫌な私の横でため息をつく専属侍女の視線は今日も冷蔵庫なみに主人に冷たい。
ちなみにこの世界にも冷蔵庫はあるわ。氷魔法を詰め込んだ魔法石で庫内の食料などを冷やしているのよ。
「アリシア。それは何のための診断なのだ?」
レオンハルト様が瓶底メガネの上の長めの前髪の隙間からチラ見えする美しい眉を寄せる。
「それはもちろん。殿下と私の相性を測り、好ましくない結果となれば、婚約を破棄......」
ん?おかしい。
ここは冷蔵庫ではないはずなのに、先程からやたらと空気が冷たい。
しかもどんどんと寒くなってきて、スカート部分にチュールやフリルを幾重にも重ねたドレスを着ている私は耐えれない程ではないけど、周囲の使用人たちは歯をガチガチと震わせながら縮こまっている。
しかも寒いから震えていると言うよりは何かを見て、ガタガタと慄いている......?
んんん?と彼、彼女たちの視線を追えば、その先にいらっしゃったのはレオンハルト殿下。
先程まで優しくあたたかな空気を纏っていた殿下の周囲がなぜか冷気をまとっている。まとっているというより本気でブリザードが吹き荒れている。
殿下、一体どうしました!?
「僕とアリシアの相性など最高に良いと決まっているだろう?」
少し俯き加減につぶやいたレオンハルト殿下の口元は不自然に高く口角が上がっている。
「「「は、はいいいいぃぃぃ....!!!!」」」
そのつぶやきに周囲の者たちが慌てて背筋を伸ばして青褪めた顔で返事をしたのであった。
何?何? みんな一体どうしたのっ?
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