第66話
「...はい、そこまで。」
「ぶはっ!?」
急に目の前に薄い板が現れ、私とは逆の面側にいるリオが思いきり顔を打ちつけたようだ。
板はかなり薄くてしなやかみたいで怪我はなさそう。ん?この板ってもしかして、“下敷き”なのでは...?
一体誰がこんなものを、と視線を下敷きを持つ人物へと移す。
呆れたような黒い双眸を私たちに、いや、どちらかというとリオに向けていたのは学生服を着た黒髪の小柄な青年だった。
「フェルさん!?」
「フェル!?」
リオも同時に視線を移したらしく私たちの声は仲良くハモることとなってしまった。
「フェル、おまえなぁ...!!夕方まで探しにこないんじゃなかったのかよっ?」
「...もうすぐ夕方だよ。あと30分もすれば日が沈みだす。」
フェルの言葉に空を見上げるとたしかに大陸側の空が赤くなってきている。
「ほんとだわ。私もそろそろ帰らないと、お兄様...じゃなくて、兄さんが心配するかも。」
「そっか。途中まででも送って行こうか?」
リオがフェルに下敷きを押し付けながら聞いてきた。
もちろん帰る場所が公爵家なんて知られたらいけないし、途中まで送ってもらうのもエルケが馬車で迎えに来てくれるはずだから断るしかない。
「ありがとう!でも一人で帰れるわ。
フェルさんもまたね。
リオ、今日はすっごく楽しかった!」
「アリィ!!」
手を振ってその場から駆け出そうとした私の手をリオが手を伸ばして掴む。
「リオ?」
リオの緑玉色の瞳には目を見開き驚いた顔をした街娘姿の自分が映っていた。
「さっきの......」
リオがそう言いかけたとき、フェルが彼の手を取り私の手からリオの手を勢いよく放させた。
「...何を言うつもり?...リオ、今の自分がどんな立場でどんな状況か自分でわかってる?」
フェルの言葉にリオがびくりと肩を震わせた。
「......っ!!......わかって、いる。
......アリィ、またな。」
そう言うと、リオは悔しそうに下を向いてしまった。
フェルさんの言葉の言い回しがなんだか気になるけど、もしかしたら行方不明になった公爵令嬢の捜索願いが出されたかもしれない今は早くこの場を立ち去りリオ達と離れるのが賢明だ。
「またね、リオ。」
私は手を振って楽しかった時間と決別しなくてはならない。
ーーー明日は......明日は、王宮でレオンハルト様とお会いする、その日なのだから。
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