第65話
ちょ、ちょっと待って。
まさか、リオのボディガードを撒いたついでにテオ兄様の護衛を撒いてしまったことによって、行方不明の私を探すために王宮騎士団が動き出したわけじゃないわよね?
それに、よく考えたらこの状況って...。
「どうした?アリィ?」
婚約者がいるのに他の男にうつつを抜かしてる悪い女ということになるのでは......いや、確かに私は悪役令嬢だから悪い女設定なんだけど!
騎士達に見つかった時、ただ幼馴染と気分転換に街を歩いていただけなんですぅーで済まされるのだろうか?
ゆっくりと後ろを振り向くと、「ん?」と言う顔で微笑を浮かべて首を少し傾げるリオがいた。
「否!!!」
「うわっ!?な、なんだよ?」
急に大声を出した私にひきつり顔で仰反るリオ。
「ううっ!!そんな軽く済むわけないわあぁぁ...!!
行くわよっ、リオっ!!」
「は!?」
このままじゃ、公爵令嬢の私よりも平民のリオのほうが危ない!王太子妃をたぶらかせた男として、リオの実家もろとも制裁を受けるかもしれないじゃない。
リオは元気のない私を心配して街に連れ出してくれただけなのに。そんな迷惑はかけられないわ!
近衛騎士団が通り過ぎたと同時にリオの手を取って騎士達が行った方向とは反対側に走り出す。
文教通りの半ばには王都の中を流れる小さな川がある。朝に私が鳥の数を数えていたあの橋がかかる川だ。その橋を越えると貴族街に近いフリックル男爵の書店があるのだ。
その書店までたどり着いてそこでリオと別れたあとに男爵に我が家の馬車を呼び寄せてもらい帰ることにしよう。
リオには感謝しかない。
すごく楽しかったわ。
王宮での悩みなんて忘れてしまうぐらい。
ビーア様やシャル様といる時のように、リオといる時もバッドエンドの恐怖から逃れられて目の前の出来事をそのまま楽しむことができる。
......このまま、公爵令嬢アリシアではなく、アリィというただの街娘として暮らせたなら、毎日がこんなふうに心からの平穏の中で毎日を過ごせるのだろうか。
でもタイムリミットだ。
リオに迷惑はかけたくない。
私は公爵令嬢アリシア。
その現実に戻らなきゃいけない。
でも......もし、レオンハルト様に穏便に婚約破棄してもらうことができたなら、私はこんなふうに毎日を自由に生きられるのかしら?
前世の推しであった殿下との婚約破棄を考えるとキリキリと胸が痛むけれど。
このまま街娘アリィとして生きることができたのなら......
「アリィ!!」
橋に差し掛かったと同時に、急にリオが立ち止まった。
リオの手を取って走っていた私も彼が立ち止まった衝撃でツンと後ろに引っ張られるように倒れそうになったが、そこをリオが背後から抱き止めてくれる。
「急にどうしたんだ?帰るのか?」
上から覗き込むリオの長いダークブラウンの前髪がサラリと私の目の前に降りてきた。
陽の光に透けた焦げ茶色の髪は、いつも書店で見るその色よりも色素が薄く感じられて、まるで、そう、昔に領地で見た一面の稲穂のようなそんな輝きを放っている。
「う、うん。そろそろ帰らないと。」
現実に。
吸い込まれそうな緑玉色の瞳を見つめていると、リオが一瞬だまって何か考えるように目を逸らしたあと、今度はまっすぐに私を見つめて口を開いた。
「なぁ。アリィのその婚約者と俺となら、いや、今の俺とならどっちが好き?」
思わぬ質問に息を飲んだ私の顔に、ゆっくりとリオの顔が近づいてきたのに、私はその行為を避けたいとは思えなくて。
そんな自分に驚いて、なおさらに動くことができなくなっていた。
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