第63話
チリリン。
文具店の年季の入った深緑色の扉をリオが開けると綺麗な鈴の音が鳴り響いた。
「うわあぁぁ...。」
つい感嘆の声が漏れる。
それもそのはず、目の前には色とりどりの鉛筆やノート。ふわふわの羽根付きペンに動物を模した形の消しゴムやまるで御伽噺に出てきそうな装飾をされたインクの入った小瓶たち。絵画を飾るための金や銀の額縁に、わざと古めかせて作られたのであろうアンティーク調の写真立て。それらがオーク材で作られた猫足の長テーブル達に所狭しと並べられている。
元々、前世時代から文具店にふらっと立ち寄るのが私は好きだった。小さな文具たちは眺めているだけでも楽しい。意匠をこらされたそれらなら尚更だ。
「すごい。あの消しゴムは魔力が込められているのね。」
サンプルなのだろう。箱に綺麗に並べられた消しゴム達の手前でひとつだけがまるで透明人間が消しゴムをかけているかのように紙に書かれた文字を消していっている。
普通の消しゴムよりはお値段が高いが事務仕事で頻繁に消しゴムを使う人には手がだるくならないで助かるのだろう。
勝手に動く商品は消しゴムだけではない。
捲られていくメモ帳にさらさらとサインをしていく羽根ペンもあった。
「すごすぎる......!」
このとき私は大好きな空間に心躍らせすぎて、キラキラと目を輝かせている私を隣でリオが目を細めて優しく見つめていることにまったく気づいていなかったのだ。
「何か欲しいのがあるならプレゼントするよ。」
「え......?」
突然のリオの言葉に驚いて横にいた彼を思いきり振り返ってしまった。
「ほんとは髪飾りとか贈ってあげたいけど、その様子じゃ、こーいうもののほうが喜びそうだな。」
そう言いながら近くに並べられていたペンをすらっとしたその長い指先でつまむようにとった。
リオが手に取ったペンの上部には小さな青い天然石がはめられていて優しく輝いている。
「綺麗なペンだな。」
確かに綺麗。
窓から差し込む光に照らされるカボションカットの石はまるで穏やかな日の海の色みたいだった。
天然石は青メノウだろうか。海の神の子孫と言われるこの国の人々は青い色を好むから、海のような青い色の商品が特に沢山売り場に並べられているのだろう。
こくりとうなずいた私を見て、じゃあこのペンをくださいとリオは店員にペンを渡した。
店員はお買い上げありがとうございますと言って手早くそれを包む。
「『いつの日も穏やかな海が貴方とともにありますように。』」
リオはそう言いながら店員から受け取った紙に包まれたペンを私の頭にポンとあてる。
穏やかな海が貴方とともにありますように、というのはこの国の人々の決まり文句のようなフレーズで、何かを贈るときや、新年の挨拶などに相手の幸せを願う意味で使われるのよね。
「あっ、ありがとう。でも私さっきから買ってもらってばかりだよ。私からも何か......。」
店内を見渡しながら言う私に、
「じゃあ、もう少しだけ、アリィの時間を俺にちょうだい。それだけでいい。」
リオはそう言って私の手を引いた。
あら、前を歩くリオの耳がなんだか赤くなっていない?
ううん。私の耳だって絶対赤くなっているわ。
引かれている手と反対の手で自分の頬を触ると熱っているのがわかる。
どうしたんだろう。
いつもお互いに軽口をたたいていた同士なのに、なんだか甘い空気なようなものが漂っていて居た堪れない。
そのあとも文具店の中を見て歩いたり近くの雑貨屋を見て回ったのに、始終ドギマギしていた私は何を見て何をリオと話してるのかわからない状態になってしまっていたのだった。