第10話
「ご婚約おめでとうございます。王太子様、ガーラント公爵令嬢様」
「おめでとうございます。お幸せなお二人にお会いできるなんて光栄でございますわ」
レオンハルト様と挨拶に回る度に貴族達がこぞってお祝いの言葉をかけてくる。
しかし、私のドレスについて言及してくる者はいない。と言っても、口に出して言及してくる人がいないだけで、何か言いたげな様子はありありとわかる。
もちろん、この国では上位の人間を凝視することはマナー違反なので、私達に挨拶が済んで後方に下がった時、女性達なら周囲の人間と歓談するふりをして扇に口元を隠す際などにちらりと視線が送られてくる。
後方に下がりながら頬を赤くしてるそこの紳士!
私の場違いなドレスに笑いを堪えてるのねっ
扇で口元を隠しているそこのご令嬢!
口元隠して涙目隠さずよっ
涙がでるほど私の衣装がおかしいかしらっ。
......って、自分で望んで着てるドレスなんだから気に病んでも仕方ないのに。他のご令嬢達が着ているドレスがあまりにもキラキラ輝いて見えてしまい、つい俯いてしまう。
「アリシア様どうかしましたか?」
後方から少年のように涼やかなテノールボイスがした。
「......ラフィ」
振り返るとレオンハルトの側近であるラフィが心配そうにこちらを見ていた。
彼が心配気に小首を傾げるとふわふわの薄茶色の髪が揺れる。
私がラフィと愛称で呼んだ見た目少年のような小柄なレオンハルトの側近は、ラファエルと言って実は彼も乙女ゲーム『5人の王子と謎めいた王宮』にでてくるキャラクターの1人だ。
しかし、彼は攻略対象ではない。
アプリ起動時やチュートリアル画面での説明を行ってくれたり、ヘルプ機能で優しく主人公を励ましてくれたりする案内人、つまりサポートキャラクターなのだ。
そして、サポートキャラクターは5人の王子のルートそれぞれによって違うのだ。ラファエルはレオンハルトルートを選んだ場合のみ出てくるサポートキャラなのである。
私はレオンハルトルートしか攻略したことがないが、ネット情報で見た他の王子ルートのサポートキャラの中でも、ふわふわの薄茶色の髪に黄緑色に近い色素の薄い大きな瞳、そして何より穏やかで優しい口調のラフィはダントツの癒し系であり、彼を毎日の癒しとするために敢えてレオンハルトルートを選ぶプレイヤーも多かった。
『5人の王子と謎めいた王宮』は他の乙女ゲームでありがちな全員攻略したらシークレットキャラを攻略できますというお楽しみはなく、サポートキャラであるラフィは最後までサポートキャラでありシークレットに出てくることもない。
それゆえに、期間限定イベの際に時折ラフィのショートストーリーなどが報酬としてもらえると感極まったラフィ推しプレイヤー達がネット上で『感涙』の文字を連打し、『感涙』の2文字がトレンド入りするという現象まで起きたほどである。
この現象はファンの間ではラファエルが大天使と同じ名前という意味も込めて『天からの癒しの涙現象』、通称天ギフと呼ばれるほどであった。
それほどまでにラフィの日常に疲れた乙女達を癒す力は凄まじく、実際にいま本物を目にしているわたしの心の中でもヤマアラシがハリネズミへと変わっていったのがわかった。
「ありがとう、ラフィ。大丈夫ですわ。ハリネズミならば手のひらサイズですから」
「ハリネズミ?ですか?」
困惑で大きな目をパチパチさせるラフィもこの上なく可愛い。癒される。ありがとう!ありがとう!癒しキャラ!
ラフィは私の推しではなかったが、スマホ画面で毎日見ていた名前通りの天使のようなその癒し顔にほうっと心を和ませた。
ーーその時だった。
ぞくりとするほどの視線が私の背中を突き刺した。
「.........っ」
恐る恐る振り返った私の視線の先。
沢山の貴族達が談笑するガーデンの中、その視線の持ち主の周りだけまるで空気が違うような錯覚すら覚える存在感。
咲き誇る花々を背景に私を射殺すような視線を送ってきていたのは、
レオンハルト様の婚約者第二候補だったご令嬢。
『5人の王子と謎めいた王宮』の主人公、レナーテ・フォン・エルドナドル公爵令嬢、その人だった。
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