月明かりの庭
レッドフリートは、ディーヌの部屋を眺めていた。
深夜の庭には誰もいない。毎晩、ディーヌの部屋に向かい、おやすみ、というのが日課である。
「今日は、姿を見れて嬉しかった。
魔獣にはびっくりしたな、怖かったろう。
今頃は、いい夢をみているかな。」
一人でディーヌに1日の出来事を話しかけるのだ。
「あきれた」
突然、声がして振り返るとディーヌがいた。
「何してるんだ! こんな深夜に危険だろう」
木陰から現れたディーヌに駆け寄る。
外套を脱いでディーヌにかける。
「手を通してくれ。薄着が心配だ」
祭りの帰り道に、ゲンが言ったのだ。
「どうかレッドを嫌わないでやってくれ。
夜、庭を覗いてごらん。」
そう言われると気になる。
レッドフリートとアイズが帰ってきたのは、屋敷が騒々しくなってわかったが、庭には中々出てこなかったので、待ちくたびれていた。
「身体が冷えちゃったわ」
右腕が熱い、レッドフリートは感じたが、右腕だけでなく、胸も熱い。
相変わらず紋章の反応に気がつかない、それどころか、ディーヌの存在にあわてていて、それどころではない。
心臓が破裂しそうなほど、脈うっている。速く、強く。
「あの」
「これ」
二人の言葉がかぶる。二人で顔をあげるタイミングさえかぶる。
赤くなってうつむいたディーヌの頭に、初めて会った時のレッドの裸体がよみがえる。
アイズもゲンもほとんど覚えていないが、レッドだけは鮮明に覚えている。困ったことに。
さらに真っ赤になる、頭の中をひらくと大変なことになっている。
「これ、軽くて暖かい」
なんとか口にするのが、やっとである。
「気にいってよかった。
それは、北の山にいる野生の山羊の毛で織られている」
レッドが微笑むと威力満点である。
男慣れしてないディーヌなどひとたまりもない。
「貴方の」匂いがする、と言いかけてディーヌの頭がパンクする。
「誰にでも優しくするくせに」
こんなこと言いたいんじゃない。
「違う、特別は一人だけだ」
レッドフリートが焦るように言う。
それは、誰?
聞きたいのに聞けない。
黙ってしまったディーヌが下を向く。
レッドフリートがディーヌの前に膝をつく。
「貴女が安心して暮らせるようにすることを誓う」
男性に膝をつかれるなど、ディーヌは初めてである。
百合の痣があるために、社交にも出ないで、領地に閉じ籠っているのだ。
いつも、首元まであるドレスしか着れない。胸元の開いた華やかなドレスを着て舞踏会に行きたいと思うときもある。
「だから、今だけは私のために、微笑んでほしい」
うなずきそうになって、レッドフリートが言い慣れているように思えてしまう。
自分は遊ばれているのかもしれない、という不安になる。
「バカ!
遊び慣れた貴方なんて嫌いよ」
部屋に戻ったら、外套を抱きしめて泣くくせに、怯えてしまった。
それに、胸の百合の痣を見たら、この人だって逃げ出すかもしれない。
こんな痣いらない。
自分のことを私と言っている、昼間は俺と言っていたのに。
きっと今が本当のレッドフリートのような気がする。
「ディーヌ、こんな気持ち初めてなんだ」
後ろからレッドフリートの声がかかる。
思わず止めてしまう足。
振り向きたいけど、振り向くのが怖い。
期待してしまうから。
「明日、山狩りに入る。しばらくは帰ってこれない。
どうか、貴女の顔を見せて欲しい。」
「山狩り?」
振り向いたディーヌに、レッドフリートが嬉しそうに笑う。
「魔獣の退治と、空を飛ぶ魔獣の調査だ。アイズとゲンと私の3人で行ってくる」
「たったの3人で?」
魔獣は人を襲う種類も多い。領民にも毎年犠牲者が出る。
レッドフリートは深く頷いた。
「誰よりも信頼がおける仲間だ。変に人数ばかりいるよりいい」
ディーヌが外套を脱いで返そうとするのを、レッドフリートが止める。
「どうか、預かっていて欲しい。無事に帰ってくるために」
レッドフリートがディーヌの方に歩いてくる。
「それは気に入っていて、実家を出る時に持ってきたんだ。
我が家と私が君を守る」
「そんな大事な物を」
ディーヌの言葉の途中で、再度膝をつくレッドフリート。
今度は、ディーヌの手をとり甲に誓いの口づけをする、まるで姫君の騎士のように。
月の優しい光が、言葉も出ない二人を照らしていた。