祭り
「レッド、どうだった? 私の踊り」
そう言って巫女に選ばれた娘、エロニカがレッドに近寄る。
「素晴らしかったです、さすがは今年の巫女」
踊りなど見ていなかったので、適当にこたえる。
「あちらで神官がお呼びですよ」
そう言いながら、レッドは距離をとる。
仕事中も押し掛けてくるエロニカに、レッドフリートはうんざりしていた。
「警備があるので」
背を向け去っていこうとするのを、エロニカが引き留めようとした時、一人の男が前に出てきた。
踊りを奉納して祭りが終わったといっても、たくさんの人間が集まったままなのだ。
それでなくとも、巫女の行動は注目されている。
「よう、少しばかり顔がいいと女にもてるなんて、いい気になるなよ」
どうやらエロニカの知り合いらしく、エロニカの方を見ている。
それも無視してレッドが、歩こうとするのに腹をたてたのか、男が殴りかかってきた。
「きゃあ!」
周りから悲鳴があがる。
周りの人間が巻き込まれないように、身体をかわしてレッドが男の後ろに回ると、今度は見物人達から歓声があがる。
女性達は完全にレッドの味方である。顔がいいだけで有利なのに、強いのだ。
男の右腕を後ろからねじって、動きを止める。
「俺は彼女に興味などない、迷惑だ。」
「きゃーーー!!」
レッドフリートの言葉に反応したのは女性達だ。
巫女さえそでにする傭兵。
異様な熱に辺りが包まれる。
ディーヌは貴賓席から、一部始終を見ていた。
巫女に選ばれた美女に興味を持たないことに安心する自分と、嫌味な男と思う自分がいる。
そのレッドフリートが空を見上げているので、ディーヌもつられて空を見た。
同じように、祭りの見物人やエインズ伯爵が空を見上げた時に、大きな影が空に現れた。
魔獣だ!
空を飛ぶ魔獣など聞いたことがない。
大きさも牛ほどはあるだろう。
一瞬でパニックになり、祭りに来ていた人々が逃げ出し、警備兵が誘導をするが混乱は大きくなるばかりだ。
「伯爵!」
逃げ惑う人々の間から、レッドフリートが貴賓席に駆けこんできた。
「すぐに軍に討伐隊を申請してくれ。第2部隊キリンジャーを指名だ。」
キリンジャー部隊長、まだ若く王太子の右腕と誉れ高い。
それだけ言うと、レッドフリートは群衆の中に戻って行った。
「ゲン! アイズ!」
レッドフリートは二人を呼ぶと指示を出す。
「ゲン、エインズ伯爵を屋敷まで護衛しろ。
アイズは俺と、あの魔獣を追う。
他の警備は手分けして、みんなを街まで誘導しろ。北門と南門に分けるんだ。」
人々は魔獣が飛び去った北を避けて、南門に集中したためにパニックが起こっている。
レッドフリートとアイズは祭り使われた馬に飛び乗ると、北門に向かった。
ゲンが巨体をいかして、人々を押しやって貴賓席にきた。
「伯爵、お屋敷まで護衛いたします。
どうぞ、こちらに。」
父親が当然のように、彼の言葉を受け入れるのをディーヌは複雑な思いで見ていた。
「お父様、彼は?」
「ディーヌ、今は言えない。
だが、普通の傭兵ではないのだろう。
君は知っているのか?」
伯爵はゲンを見た。
「短い付き合いですが、一緒にいるとわかります。
今は屋敷に戻る事が先決です。あの魔獣1匹だけなのか、他にも飛んでくるかもしれません。」
ゲンは巨体のために、知能が低く思われがちだが、それでは傭兵として生き残れない。
あの魔獣が草食ならばいいのだが、と誰もが思っている。
その夜遅く、屋敷に戻ってきたレッドフリートとアイズは伯爵の執務室にいた。
ゲン、アイズ、レッドフリートとエインズ伯爵、ディーヌを連れて来た夜のようだ。
だが、空気はもっと緊迫していた。
「肉食です」
アイズが、羊が捕食されました、と報告をする。
「そうか」
伯爵の声は低い。
「奴の捕食対象が羊だけとは限らないだろう」
「飛翔能力があるということは、国境を越えるのは容易だということです。
奴がこの領地にいるものなのか、他領、他国からきたものかもわかりません。
そして、他領、他国に行くかもしれません。
山狩りをしましょう。」
レッドフリートが地図はありますか、と尋ねながら言う。