雨の中で
ワンワン!
ゲンの足元をベルがじゃれている。
今のレッドフリートには、犬のベルさえ羨ましい存在だ。
ディーヌになでられるのだろう、微笑みかけられるのだろう。
「僕は末期だ」
会いたい、王太子とあかして権力で側におこうとさえ思ってしまう。
聖女を探さねばならないのに、ディーヌ以外はいらないと思っている。
もし、聖女がみつかれば、この気持ちは聖女にいくのか?
ディーヌから聖女に心移す自分はありえないとさえ思う。
「ベル」
ディーヌが呼んでもベルは出てこない。
ふー、とため息をついてティーカップを手にする。
ベルが、あの傭兵の一人になついているのは知っている。きっとそこに行っているのであろう。
あの男達というより、ディーヌに話しかけてきた男を避けようと部屋に閉じ籠っている。
「あー、気が滅入る」
ディーヌはケープを手に取ると部屋を出た。
「お嬢様どちらに?」
家令が声をかけてきたのを、歩みも止めずにディーヌが答える。
「祭りに行ってくるわ」
「お一人では危険です。誰か! 伴に行きなさい」
家令の言葉で侍女が駆けてきたが、すでにディーヌの姿はない。
見知った街とはいえ、祭りにはたくさんの人間が来ている。
そのための警備の増員だが、心配はつきない。
レッドフリートは街の露店の警備にいたが、空模様が悪くなったと思ったら、あっという間に小雨が降りだした。
露店は店をあわててしまい始め、客達は宿や家に引き返しだした。
露店の出ている通りは騒然としだした。レッドフリートは、スリやひったくりに注意をしながら街を歩いている。
ディーヌだとわかる娘が軒下で雨宿りしているのを見つけた。遠くにいるのにわかるのだ。
軒下にはディーヌと、兄妹だろうか、幼い子供が二人いる。
そっと近づくと、ディーヌが話しかけている。
「近くなのね? ではこれを被っていきなさい」
ディーヌは自分のケープを脱ぐと妹の方へ被せた。
「晴れてからでいいから、館に返しに来てね。
お母さんが待っているなら今のうちに行きなさい」
領主の娘というのに奢らず、子供に貸し与えている。
アイズが我らを誘ったのは、昨年の仕事が良い思い出だからだ。
その中には、伯爵令嬢ディーヌの優しい心遣いもあるのだろう、と察する。
子供達は小雨の中を走って去ると、ディーヌも屋敷に戻ろうとしているらしいが、ケープを脱いでしまい寒そうである。
「レディ、どうか私に警護させてください」
我慢できずに、レッドフリートは声をかけた。
「え?」
ディーヌは、驚いて顔をあげた。
えーー!
会いたくないと避けていた傭兵がそこにいるのを確認すると、ディーヌの表情が一瞬くもった。
レッドフリートはそれに気付いて、胸が痛くなる。
「私が側にいるのは不本意と思われるでしょうが、屋敷まで警護させてください。」
こうやってディーヌは独り歩きすることが多いのだろう。
普段は田舎で安全な街も、今は祭りでたくさんの人間が入り込んでいる。
レッドフリートは自分の外套を脱ぎ、ディーヌにかけた。
「少しでも雨を防げます。
私の物で申し訳ありませんが、着ていただけませんか」
ディーヌは思いがけず軽くて暖かいと感じた。
見かけは質素な外套だが、素材はかなりの高級品だろうと思える。
「あの?」
「レッドとお呼びください。」
嬉しそうにはにかんでレッドフリートがディーヌに言う。
ドキン! とディーヌの心臓がはねる。
レッドフリートは王太子だ。王妃に似て、美貌といえる顔だ。
「ありがとう」
小さな声でディーヌが言うと、レッドフリートから笑顔があふれる。
会話もなく、レッドフリートの警護でディーヌが歩く。
屋敷までの僅かな距離が、さらに短く感じるレッドフリートだった。




