誰だっけ
ディーヌは目を覚ましても、恥ずかしくてベッドから出ることができなかった。
男性の裸を見たのは初めてであるが、それ以上に、叫ぶことも逃げることもしなかった自分がなさけなかった。
あれではまるで、好き好んで見ていたようではないか。
違う!
自分で言い訳をしても、相手はどう思っただろう。
「違う、どうしたらいいか、わからなかったのよ」
誰もいない部屋で言い訳が口にでる。
距離があったので鮮明とはいえないが、覚えている。
忘れてしまいたいのに。
あれ、顔を見たはずなのに覚えていない。
身体はしっかり覚えているのにと、さらにショックにうちひしがれる。
3人いたが、引き締まった一人の身体が頭にこびりついている。
うわうわ!
ディーヌが布団の中で悶えていると、扉をノックして侍女が入ってきた。
「お嬢様、伯爵様がお呼びです」
「お父様が?」
伯爵は、ディーヌを連れてきた3人に礼を言うように呼んだのだ。
まさか、すぐにレッドフリートと再会するとは思っていないディーヌは身支度を急ぐ。
「お父様、お呼びとききました」
ディーヌが部屋に入ると見知らぬ男達がいた。
誰ですか、と問う前にレッドフリートが膝をつく。
「美しい姫、またお会いできて光栄です」
また? ディーヌの中に不安がはしる。
もしかして?
ボン! 一瞬でディーヌが真っ赤になった。
レッドフリートは当然、自分に都合よく考える。
王太子として数多の女性にもててきた男は、ディーヌもそうだと思うらしい。
ディーヌは、顔を覚えていなくとも身体を覚えている。
自分の恥ずかしい記憶に逃げ出したいぐらいだ。できれば、この男とはもう会いたくないとさえ思っている。
しかも、先程のレッドフリートの言葉で、軽薄そうで好みじゃない、とレッテルが貼られた。
女性に裸を見られても平然としているのが、ディーヌには理解できない。羞恥心はないのか。
「ディーヌ、この人達がお前を屋敷に運んでくれたのだ。
祭りの警護と魔獣の退治で屋敷に逗留する」
どこか王太子の疑いが拭いきれないのか、傭兵としては破格の待遇を伯爵が言う。
言葉もでないディーヌ。
自室に引きこもろう、これしかない。
「よろしくお願いします」
助けてくれてありがとうございました、の言葉は出てこない。
原因は貴方達よ、あんなものを見せつけて。
…言えない。
「お父様、まだ本調子でないみたいで、部屋に戻ります」
赤い顔で言葉少なげな娘に、伯爵もそうした方がいい、と返事する。
よろよろとディーヌが部屋から出ていくのを、レッドフリートは見つめていた。
まさか、自分達の裸にショックを受けているとは思っていない。
ディーヌもレッドフリートを気にして、赤くなったのではと思っている。
それは正しいが、違う意味である。
第一印象、見知らぬ人間の出会いは後々までイメージが残る。
レッドフリートは可愛い娘と思ったが、ディーヌは全裸の男、しかも顔を覚えていない。
「なぜ、こんなことに」
ディーヌは部屋で、小さな呟きがもれる。
「男性の裸を見ていた娘などと噂になったら、お嫁にいけないわ」
あの男達には、関わらないようにしなければと、心に誓う。
先程の伯爵の執務室でレッドフリートがディーヌにおくった、熱い視線はみじんも伝わっていない。
ワン!
ベルがディーヌの足元にすり寄ってきた。
大型犬であるが、まだ仔犬なので好奇心旺盛なのだ。
「あんなに遠くまで散歩に行って失敗したわ、お前に水を飲ませようと思ったのに」
優しくベルの頭をなでる。
はあ、とため息がでるが頭に残るは男の身体。
ぶるぶると頭を振り、伯爵令嬢と警備の傭兵、会うこともないだろうと考えを放棄してベッドに入る。
「ベル」
呼べば、ベルがベッドに飛び乗ってきて、ディーヌの足元あたりで丸くなった。