衝撃
山までの距離をどうして走れたかなんてわからない。
夢中で気が付いたら、山に入っていた。
しかし、身体を鍛えていたわけでもなく、唯一の襟の広いドレスが夜会用のドレスだった為に、走りには向いてない。
疲労困憊、ドレスの裾はボロボロ、手足は擦り傷だらけでの有り様だ。
ベルが時々立ち止まり、追い付くのを待ってくれる。
まるでディーヌを誘導しているかのようだ。
遠くで聞こえていた獣の吠える声が近くなり、気はあせるが、思うほどは身体が進まない。
ガサガサ、ザザー、足を滑らせたディーヌが百合の群生する一帯に転がり出た。
目の前に広がるのは、百合と・・
赤い血に染まった兵士達。
声にならない悲鳴をディーヌが叫ぶ。
飛獣が兵士達を襲っている。その中に、エインズ伯爵もレッドフリートもいるはずだ。
バサバサッ、飛獣の羽音が辺りに響く。
魔力のせいか、兵士達は思うように身体が動かせないようだ。
神官達の術で押さえた1匹の飛獣が地をはっているが、動きが鈍っているだけで奇声をあげて攻撃をしてくる。
飛んでいる飛獣に剣を突き刺してしがみついているのはキリンジャーだ。
その奥にも一人、剣を刺している、血まみれの男が・・レッドフリートだ。
百合の中を進むディーヌに気がついたのだろう、レッドフリートが目を見張る。
どうして、わかってしまうのだろう。
レッドフリートが飛んでいる飛獣から、ディーヌの元に行く為に飛び降りようとする。
「やめて!
死んじゃう!!」
そこで、周りもディーヌがいることに気がついたらしい。
「レッドが好き!!」
死なないで、とディーヌが叫ぶ。
よろけながら、飛んでいる飛獣の下に行こうとする。
レッドフリートが飛獣から飛び降りた。
神官の術にからめとられ、高くに飛ぶのを押さえられているとはいえ、無傷ではすまないだろう。
バサッ!!
ゴー!! という爆音がしたかと思うと、暴風に人々が弾かれる。
ケーデルリアが目を開けると、そこには見たこともない生き物がいた。
飛獣よりはるかに大きく、黒い翼、冷たい鱗に覆われた姿は竜である。
「飛獣から離れてくれ」
人々が驚いて見つめる中を、竜が言葉を発した。
竜の尾が、飛獣に叩きつけられる。
3匹がかりで、竜に襲いにかかる飛獣。
「レッドなのか」
アイズが立ち上がって、信じられないと呟く。
レッドフリートは竜に変身していた。
飛獣から飛び降り、ディーヌの元に行こうとしたのだ。なんて危険な所に来るんだ、とディーヌに言おうとして、ディーヌの言葉が聞こえた。
「レッドが好き」
身体が燃えるように熱くなり、一瞬で竜となった。
慣れない身体の扱いに戸惑うばかりだ。
腕、足、尾と動きを確認していく。
天候を操る能力がある、と王家には伝わっている。それなら・・
視覚に入るは3匹の飛獣。
バリバリッ!!
雨も降っていない空から、雷が飛獣に落ちた。
肉の焦げる臭いが辺りに漂う。
飛獣はもう息絶えていた。
圧倒的な竜の力。
竜のレッドフリートがディーヌを見つめる。
身体中に擦り傷があるのが見て取れる、ドレスの裾は木に引っかけたのか裂けている。
襟元には胸の谷間が見れる、他の男には見るなと言いたい。
なにより、胸元にあるのは百合の痣ではない、百合の紋章だ。
レッドフリートと同じ紋章がある。
「ディーヌ、君こそ聖女」
竜の身体が一瞬で、人間の姿にもどる。
ディーヌの目の前に立つのは、レッドフリート。
バッチーン!
レッドフリートがディーヌに頬を叩かれた。
「なぜ、裸なのーー!」
真っ赤になって、ディーヌが反対方向に駆けだすが、ここに来るだけで体力を使いきっているので、よろよろである。
とうとう、座り込んで泣きだした。
竜になる時に服が破れてしまい、人間に戻ったレッドフリートは全裸である。
「まいったな」
ゲンが上着を脱いでレッドフリートに投げつけた。
巨体のゲンの上着を着るとコートのようになるが、血まみれで、それも怪しい姿である。
「ディーヌ」
レッドフリートがディーヌを抱き上げる。
「放してよ、裸なんてひどいわ」
竜になるより、全裸が嫌らしい。
ははは、とレッドフリートから笑いが漏れると、周りも安堵感からか、笑いが起きる。