百合の悲鳴
幼獣に厳重な術を施して、レッドフリート達は山に向かった。
何が原因かはわからない。
百合の可能性があるのなら、処分しようと皆が合意した。
飛び去ったままの3匹の飛獣に注意しながら、出くわす魔獣を退治しながら進む。
むせかえるような百合の香り。
真っ白な百合の群生が目の前に広がった。
その白さに魔など、想像がつかない。
「普通の百合だよな?
季節外れだが。これが300年に一度咲くなんて妄想だと思うな」
ゲンの巨体が百合の中を進んでいく。
何か変化があるわけでもない、ゲンに異常が起こる事も無く、普通の花畑である。
「ただな、不思議だな。
この百合、蕾も咲き終えた花もないぞ。
いつから咲いているんだ?」
百合の根元まで見渡してゲンが言う。
花弁の1枚さえ落ちていないのだ。
同じように百合の群生の中に入っているレッドフリート達も足元を見た。
美しすぎるその姿に恐怖を感じる。
エインズ伯爵の執務室に、ディーヌは呼ばれていた。
「お前に縁談がある。
昨夜、王太子殿下より話があった。王家よりの正式なものではないが、殿下の強い希望である」
父親として、娘の気持ちを確認したいのだろう。
王家からの正式な縁談になってしまうと、断ることは難しい。
娘の答えを待たずに、伯爵は続けた。
「それも、今回の飛獣を退けたらの話だ。
殿下は既に山に入っている。」
ディーヌも手当てを手伝っていたのだ。
軽傷とはいえ、レッドフリートも傷を負っている。
「私もこれから、館にいる兵を率いて山に向かう。
これからのことは、お前にまかす。
コニーは王都から嫁いできた貴族の娘だ。昨夜のように、怯えるばかりで私の留守を預けることはできない」
父親の言うことは尤もだと、ディーヌも思っている。母親は今日も寝込んでいるからだ。
「ディーヌ、もう私は戻って来ないものだと覚悟をしておくように。
王都にいるダルタニアンにも手紙を書いた。もう17歳だ、何かあっても爵位を継ぐのに問題ないだろう」
「お父様!」
弟も父親の手紙を見たら直ぐに戻ってくるだろう。
「この身に代えても殿下は守るが、それでも難しいかもしれない」
飛獣はそれほどの脅威なのだ。
昨日は1匹でも苦戦だった。もし、3匹が襲ってきたら、今の人員では討ち取れるかわからない。
神官が増えたので、飛獣の魔力を押さえてくれれば希望がある。
「お父様も、殿下もということですか?」
ディーヌの問いかけには答えずに、エインズ伯爵は任せたぞ、と執務室を出ていった。
ディーヌは、部屋の外で父親が兵士を召集している声をボンヤリと聞いていた。
体から力が抜けるようだった。
胸が痛い。百合の痣が燃えるように痛い。
父親と兵士達が馬で山に向かう喧騒で、我に返った。
「私は」
怖い、という感情で体が震える。
レッドが死んでしまう。
急いで部屋に戻ると、服を着替える。
胸元が深く女性らしいラインを強調する服。いつか夜会に行く日の為に1着だけもっているドレス。
百合の痣が見える胸元。
レッドが百合の痣を知りたがっていた、見せればよかった。
臆病だってわかっている。
レッドが好きだと言ってくれたのに、答えるのが怖かった。
でも、今はもっと怖い。
レッドがいなくなる恐怖に泣きそうになる。
心が悲鳴をあげている。
レッドに会いたい。
ワンワン!
ガリガリと扉を開けろ、とばかりにベルが吠えながら扉を掻いている。
「ゲンのところに行きたいの?」
何ががあったのかもしれない、犬だから敏感に感じているのかもしれない。
思った時には、扉を開け、飛び出したベルの後を追っていた。
ごめんなさい、まだ何も伝えてない。
自分が傷つくのが怖くて、答えることもしなかった。
庭の奥を抜けて、小川に出る。
レッドと初めて会った場所だ。
浅い小川とはいえ、夜会用のドレスで渡るのは無茶である。
ドレスの裾は濡れて重くなり、森にはいると、手にも足にも擦り傷がついていく。
獣の吠える声、剣のぶつかる音、大声で叫ぶ人の声、木々の倒れる音。
走る程に、近くに聞こえるようになっていく。
もう、息が苦しくって、足が自分のものでないぐらいに痛いのに、走りを止められない。
早く、レッドの元に行きたい。
ひたすら、前を走るベルの後を追いかける。




