ハイデル・キリンジャー
翌朝、あわただしさにディーヌは目が覚めた。
昨夜、部屋に戻っても、レッドフリートの百合の紋章が気になって眠れなかったのだ。
「ベル?」
ベルは昨夜出ていったまま戻っていないらしい。
たくさんの馬の嘶きがする。
ベルは怯えて、どこかに隠れているのかもしれない。大きな体で小心者なのだ。
侍女を呼んで支度を手伝ってもらうと、ディーヌは部屋の外に出た。
玄関には、軍隊がいた。
あの飛獣の調査に来たのだろうか。
「お嬢様、伯爵様が部屋にいるようにと言われてます」
侍女がディーヌを部屋に戻そうとする。
ディーヌが部屋に戻ろうとした時に、玄関に軍人が入ってきた。
ブロンドの髪に襟章のついた軍服。高官とわかる軍服だ。
家令が案内しているので、伯爵の執務室に向かうのだろう。
軍人はディーヌを見ると、騎士の礼をとり歩き去って行った。
「カッコイイ」
ディーヌが頬に手をあて、去って行った方向を見ている。
頬は紅潮し、ドキンドキン心臓の音がする。
麗しい男性を見れば、女性ならときめくのが普通のことだが、一緒にいた侍女は、ディーヌが好感を持ったように見えたようだった。
それは、伯爵の耳に入り、レッドフリートを悩ますことになる。
討伐隊が到着した事は、すぐにレッドフリート達もわかった。
レッドフリートは、伯爵の執務室に赴いた。
ドアをノックするとすぐさま開けられ、執務室の中に入る。
レッドフリートの姿を見て、中にいた軍人は驚いて目を見開いた。
「殿下」
その言葉に、やはり、とエインズ伯爵は思った。
「何故にこんなところに」
軍人は第2部隊長キリンジャー。
「事情は後で話す。今は飛獣だ」
「私を指名したのは、殿下だったのですね。
おかしいと思いました」
「レッドフリート王太子殿下」
エインズ伯爵がレッドフリートに向かい礼をとる。
「驚かないな。わかっていたか?」
「確信はありませんでした」
レッドフリートの問いかけにエインズ伯爵が答える。
「まずは、飛獣だ。
仲間を紹介したい。山の街偵察に行っているが、もう戻るだろう。
彼らには、私が王太子とは言ってないんだ。傭兵として知り合った」
王太子の言葉にキリンジャーは顔を歪める。
仲間だって。
今まで、自分が王太子の腹心だと思っていた。だが、何の連絡もなく、突然王太子は病気療養で王家の領地に行ったと知らされた。
あの時の嘆き。
「ハイデル、お前は私の友であり、相棒だ。お前に知らせずに姿を隠すようなことをした」
レッドフリートはハイデル・キリンジャーの肩をたたく。
その顔は、エインズ伯爵がいる今は話せない、と言っているのがわかる。
「レッドフリート」
その言葉でお互いの信頼がわかる。
「ハイデル」
「エインズ伯爵、ディーヌには私から話させてほしい。」
「殿下、娘のことは?」
「ディーヌは、なぜ王都で育てなかった?
貴族の社交にも出していない」
伯爵に問いながら、続ける。
「私は、ディーヌが私の運命だと思っている」
エインズ伯爵は驚くばかりだ。
「娘には王宮の生活は無理です」
「なぜ、いつも首元まであるドレスだ?」
レッドフリートはハイデルに向かう。
「後でディーヌを紹介したい」
まさか、ディーヌがハイデルにときめいていたとは、レッドフリートは知らない。
レッドフリートは伯爵とキリンジャーと共に、外で待機している第2部隊に向かう。
そのまま、飛獣が消えた山に向かえば、途中でゲン達とも出会うだろう。