刺青
「ありがとう」
ディーヌは、侍女から新しい包帯と薬を受け取った。
サロンのソファーにレッドフリートがすわり、ディーヌが包帯をほどいた。包帯を巻き取る手が、レッドフリートに触りそうで震える。
もちろん、レッドフリートとディーヌの二人ではない。室内には侍女が控えている。
あ・・
右腕には、百合の紋章。
ディーヌの目が釘付けになる。
「ああ、聖女様にあやかってね」
レッドフリートは刺青と思わせるように誘導する。
「聖女様には百合の痣があるとお聞きしています。
このように、百合と周りに文様があるのですか?」
レッドフリートの百合は、百合の花の周りを囲むように文字の様な模様。それは、ディーヌの胸の痣と同じ。
「いや、聖女様には百合だけだ」
そっと紋章をディーヌがなぞる。
「熱い」
口から出たのはディーヌだ。
レッドフリートも痛いぐらいに紋章のところが熱をもっている。
ディーヌに触られたからだ、ますますディーヌが好きだ、という思いがこみあげる。
ディーヌは、自分の胸にあるのが刺青にされるぐらい、ありふれた模様かと安堵していた。
ただ、レッドフリートに触れる指先が熱い。
自分は貴族の娘。傭兵のレッドフリートを好きになってはいけない、といいきかす。
それに、この人は恵まれた容姿で、祭りの巫女のように女性が寄ってくるんだった。
こんな人、好きになったら苦労するだけ。
自分は伯爵の娘とはいえ、王都の美女には及ばないだろう。
好かれているような気がするが、遊ばれているだけかもしれない。
まるで、この紋章が二人のお揃いのように思ってしまう。
もし、自分に同じ紋章のような痣があると、レッドフリートが知ったら同じようにお揃いだと思ってくれるだろうか。
不安が大きくなっていく。
教えたいという思いと、知られたくないという思い。
「ディーヌはいつも首元までのドレスを着ているな」
まるで、ディーヌの考えを読んだかのようにレッドフリートが言う。
「両親の教えで。
嫁入りまでは、肌を出さないように言われてます」
いつも同じことを言っているので、躊躇なく言葉がでる。
襟ぐりの深いドレスだと、痣が見えてしまうのだ。
そうしている間に薬を塗り、新しい包帯を巻きなおした。
魔獣に爪を立てられた傷は、血も止まったようで包帯にはもう滲んで来ない。
「ありがとう。
今さらだが、ディーヌと呼んでも?」
傭兵と伯爵令嬢だ、お嬢様と呼ぶべきなのだろう。
「はい、レッド様」
コクンとディーヌが頷く。
「侍女殿、もう遅い。
ディーヌを部屋に送るので同行してくれ。
この時間に女性の部屋に、私一人で行くべきではないので」
そう言って、レッドフリートはディーヌの手を取りエスコートする。
それは傭兵の仕草ではなく、貴族子息のようであった。
「おやすみ」
「おやすみなさいませ、レッド様」
レッドフリートはディーヌと侍女が部屋に入るのを確認して、その場をあとにした。
会えないと思っていたディーヌに会えて、レッドフリートは力がみなぎってくるのを感じた。
ディーヌが触れた紋章が熱い。
「聖女が近くにいる」
ケーデルリアの言葉が、レッドフリートの頭に甦る。
ディーヌは聖女ではないのか。
まるで胸元を隠すようなドレス。
熱くなる紋章。
もし、ディーヌが聖女なら、離れないですむ。
離れたくないから、聖女だと思いたいのか、と自問する。
それでも、ディーヌが聖女である、と思う。
百合の痣、それが確認できればと願う。
百合の痣どころか、同じ紋章があるのに。
ドレスを贈るのが名案と思ったが、胸元の開いたドレス、受け取ってくれるだろうか。
初対面で裸体を見られて、ずいぶん嫌われた。
やっと接してくれるようになったのに、下心を見透かしたようなドレスで、また嫌われたらと考えてしまう。
ケーデルリアが、気をよむと言っていた。
彼ならディーヌが聖女かわかるのではないか。
レッドフリートは、自室として与えられた部屋に戻ると手紙を書き始めた。




