夜営
ガルルウ!
魔獣の鳴き声がする。
魔力がある動物を魔獣と呼ぶのだが、ほとんどは魔力が弱い野生種で肉食が多い。
希に強い魔力のある火馬のような種もいるが、人の生活地帯に出てくることは滅多にない。
夜営の火を消さないように交代で番をする。
魔獣の声がするが、さほどの脅威にはならない。
レッドフリートはケーデルリア神官と火の番をしていた。
「私は山を降りたら、エインズ伯爵領の街に滞在します。
殿下はどうされるのですか?」
「私は元より、傭兵としてエインズ伯爵邸で世話になっている。
飛獣のことを調べる為に山に来たのだ」
パチパチと、焚き火の火がはねる。
小枝と一緒に魔獣よけの香をくべる。
「街では凄い噂になって、人々を不安にさせている」
ケーデルリアも見たと言う。
祭りでは見かけなかったので、別の場所から飛獣を見たのだろう。
「殿下、聖女の魔力は自分の意志とは関係なく漏れるのです。
その為に神殿に集められるのです」
だが、とケーデルリアは言葉を止めてレッドフリートを見る。
「神殿にいるのは聖女ではない、ということか?」
レッドフリートに答えるようにケーデルリアが頷く。
「それは、神殿の秘密だろう。私に洩らしていいのか?」
「私は、あの飛獣も、この山の異様な気配も聖女が原因と考えてます。
この近くに聖女はいる。
共同戦線をとる方がいいでしょう」
「まるで、聖女は悪役だな?」
「今の状態ならば」
だから、子供のうちに神殿に集めて教育をするのだ、と、言わんばかりである。
「王家にとって聖女は特別の存在だ。王家の存在とともにある」
けれど、とレッドフリートが続ける。
「心が聖女に向かない」
それは? と聞こうとしたのか、ケーデルリアが顔をあげたが、しばらく間をおいて違う言葉が出た。
「そうですか・・」
交替で寝ているはずのアイズは、小さな声で話される二人の会話に耳を傾けていた。
はっきりとは聞こえないが、殿下と聞こえた。
傭兵になる人間には秘密が多い。
アイズもだ。
そして、レッドもだったか、と思う。
レッドフリートが飛び出し、ケーデルリアも追いかけていた。
「夜行性の魔獣だ!」
レッドフリートが叫んだ時には、アイズはすでに剣を持っていた。
魔獣避けの香が弱かったのか、数匹の魔獣の襲撃であった。
ゲンもすでに戦っている。
魔獣の住む山に入っているのだ。熟睡している者などいない。
そうやって3日が過ぎた深夜、レッドフリート達はケーデルリアと別れ、屋敷に戻ってきた。
疲労困憊という様相で、エインズ伯爵に報告をすると自室に戻った。
数種の魔獣と遭遇したが、飛獣を見つけることはできなかった。
レッドフリートは庭にいた。
ディーヌの部屋に向かって報告することと、もしかしたら会えるかもしれないと思ってだ。
ディーヌはすでに眠りについていて、レッドフリート達が帰ってきたことを知らなかった。
レッドフリートがどんなに待っても、ディーヌは朝まで起きないだろう。
だが、ベルは違う。ゲンが帰ってきたことがわかったらしい。
ワン!
咆えると、ディーヌのベッドから降り、駆けだした。
ワンワン!
「ベル? どうしたの?」
起こされたディーヌも何気に窓の外を見る。
姿が見えた気がした。
ベルの後を追うように外套を手に取り部屋を飛び出す。
「レッド、レッド」
小さな声だが、それはレッドフリートには聞こえる。
「ディーヌ」
姿も見えない、まだ距離もあるのに聞こえる。
ディーヌの声だけは聞き逃さない。
月の光に照らされて二人の姿が浮かぶ。
レッドフリートは魔獣との対戦でケガをしていた。
包帯を巻いた腕が、ディーヌの目に飛び込んできた。
「レッド、ケガを」
恐る恐る、ディーヌがレッドフリートの包帯が巻かれた右腕にさわる。
「たいしたことないよ」
レッドフリートは、ディーヌが心配してくれていることが嬉しい。
「血が滲んでいる」
肩に傷を負って、右の上腕に包帯を巻いているのだ。
「薬を塗って、包帯を替えるわ」
ディーヌとレッドフリートはサロンに入っていった。