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二回裏 監督の思惑

ソフトボール前日、私は今日も練習に勤しんでいた。


「今日の練習はここまで!」


「「「ありがとうございましたっ!」」」


 監督にお礼をいうと部員たちは一斉に片付けとグラウンド整備に移った。


 部員たちと言っても三年生は部室に戻り、二年生とまだ一人しかいない一年生の私だけが率先して動く。


「氷山、まだ仮入部とにゴメンね」


 私がトンボを持ってグラウンド整備をしていると二年の本條先輩が優しい口調でそう言った。

 本條先輩は私と同じピッチャーということもあって何かと気にかけてくれている。


「いえ、当たり前のことです。それに私は、もう仮入部っていう気持ちじゃありませんから」


 でもそんな本條先輩でも私からするとライバルの一人。そう思うと、笑顔を作る余裕すらなかった。



 グラウンド整備が一段落したところで、キャプテンの神尾先輩から声がかかった。


「おーい! 氷山! 監督が呼んでる! 監督室に来いってだってー!」


「はい、わかしました」


 私は持っていたトンボを片付けると監督室へ向かった。


 監督室は部室の横にある。もともとは別の部活の部室だったらしいのだが、そこを改装して監督室として利用している。


「失礼します」


 監督室に入ると、監督は椅子に座って険しい表情で何かの資料を見ていた。


「おぉ、来たか」


 監督は私の姿を確認すると資料を閉じ、表情が柔らかくなった。


「どうだ? 部には慣れたか?」


「はい。どの先輩も優しい方ばかりなので」


 私は表情を変えることなく言う。すると監督は困ったように笑った。


「頼もしい限りだな。でも、あんまり一人で張り切りすぎるなよ。ソフトボールは一人でやるものじゃないからな」


 そんなことは分かっている。なんでそんな当たり前の事を言うのか私には理解出来なかった。


「それで監督、用件はなんでしょうか?」


「おぉ、そうだったな。用件は他の入部希望者についてだ。あのお前と同じ中学の子いただろ? ほらキャッチャーの……」


 キャッチャーの子というのは、同じ中学でバッテリーを組んでいた“田島 結菜”のことだろう。彼女は同年代に対しても敬語? のよな癖のあるしゃべり方をする変わった子だ。背は低く、キャッチャー体型ではないものの、洞察眼はするどい。実際に中学の試合の時もその眼に何度も助けられた。


「田島ですか?」


「そう。田島だ! あの子は入部してくれそうか?」



「はい。今朝入部届けに記入してもらいましたので、それについては心配いらないと思います」


 監督は安心したのか、「そうか、そうか」と言いながら嬉しそうに頷いた。


「いやぁ、今年は思ったより入部希望者が少なくてな。困ってたんだよ」


 それは仕方のない事なのかもしれない。特待生を迎え入れたのも今年が初めて、その特待生に選ばれたのが私だ。ここ二年間の成績も最高で二回戦。決して誉められた成績ではない。

 本来であれば特待生を得られるような部ではないのだが、五年で全国を目指せるような部にしようと理事長にが言い出したらしく、それがきっかけでB特待の権利を貰えたらしい。


 さらに私の一件で、その熱は激化した。

 B特待の権利しか持たないソフト部がA特待を取ったからだった。

 それが理事長の耳に入ると状況はさらに悪化した。A特待をとったのだから三年以内に全国に行けとなってしまったらしい。さらに、行けなければ監督は解任というオマケまで貰ってしまったようだ。


 私からしてもそれは他人事ではない。私がソフトボールを続けられているのはこの監督のおかげなのだから。だから監督が困ってたら手伝うのは当然のこと。


 更に監督のことばは続く。

 

「それとだ、来週、一年生でソフトボール大会があるのは知ってるよな?」


「はい。なんでも親睦を深めるため……とか言っていました」


 監督は私の言葉を聞くと、不気味に笑いだした。


「ふっふっふ。あれな、実は俺が計画したんだよ! どうだ! すごいだろ?」


 自信たっぷりに、まるで子供のように話す監督だったが、こんな入学して間もない時期に何を考えているんだろうと私は思った。


「いえ、何がすごいのか全く意味がわかりません」


「おい、おい、そんな冷たいこと言うなよ~」

 一瞬にして監督はすねたように口を尖らせた。その様子に私はこの人についてきて本当に良かったのかと不安になった。というのは冗談だけど、私がしっかりしなくてはと思ってはいた。


「申し訳ありません。では、なぜそのような企画をお考えになられたのですか?」


 私が丁寧にそう言うと、監督は両手で机を叩き、前にのめり込むと、また表情をころりと変えた。


「よくぞ聞いてくれた! 実はな……、このソフトボール大会は、光る原石を見つけるためのトライアウトなんだよ!」


 目を真ん丸に見開き、自信に満ち溢れたような表情で話す監督は子供店長よりも本当に子供のようだ。


「はぁ、トライアウト……ですか?」


 トライアウトというのは、その部活やチームに入りたい人間が集まり、個々の能力をアピールして戦力として使える、または伸び代があると判断された者だけが合格してチームにはいれるといったものだ。

 だが今回に関しては、あくまで合同授業のソフトボール大会。たとえ光る原石がいたとしても入部してくれる保証はどこにもない。でも監督がそう言うのであれば、ここは正す必要はないだろう。


「そうだ! そこでお前に任務を与える!」


「任務ですか?」


「そのソフトボール大会で、光る原石を見つけて、スカウトしてこい!」


 結局スカウトなんですね……、と思いつつもソフトボール部にとってプラスになることには変わりない。つまりそれは私にとってもプラスになることだ。


「わかりました。私の気を引けるほどの生徒がいるとは到底思えませんが、やってみます」


 監督は「頼んだぞ」と言っていたが私の言葉が悪かったのか、苦笑いだった。


 話が終わり監督室を後にしようとしたとき、最初に監督が見ていた資料を手渡された。

 その資料は、一年生女子全員の名簿だった。出身中学、やっていた部活、特技などが丁寧に書かれていた。それと一緒にソフトボール大会でのルールと私へのルールが箇条書きで書かれていた。


 試合については、


・全クラス総当たり戦とする

・勝率の高かった二クラスのみ、決勝戦を行う

・試合は五回、または四十分とする


となっていてた。私については、


・全試合一人で投げること

・球種はストレートのみ

・七割以下の力で投げること

・この大会の本当の目的は他言無用

・協力者は同じ中学の捕手の子一人とする


 といったものだった。

 全試合一人といっても、普通科四クラス、商業科一クラス、機械科一クラスの六クラス。決勝まで合わせても六試合しかない。それくらいは私にとって苦でもなんでもない。しかも七割以下の力で良いのだから尚更だ。


(それにしても捕手の子ってとこだけ手書き……。監督、この名簿があっても結菜の事がわからなかったのね……)


 理由はどうあれ、久しぶりの試合。私は少しだけど胸を弾ませながら帰宅した。

個人的に監督とつららの絡みは書いてて楽しい……。


次はとうとう試合です!


ただのソフトボール大会ですけど……

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