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二回表 喫茶店オリンピア

「さぁ、るいちゃん! ここがオリンピアだよ」


 六限をサボって学校を出た私たちは、通称『街』と呼ばれる浜んまちアーケードの中にある、一軒の喫茶店に到着していた。

 

 ここまでの道のりは、わたしにとってどれも新鮮でだった。


 春香の案内にされた道は普段使わないルートで、神社の参道を抜ける緩やかな道だった。“稲荷神社”と呼ばれるその神社は、木々に囲まれ、参道には無数の赤い鳥居が立っていた。もちろん稲荷というだけあって、狛狐も健在だ。そんな神秘的な参道を抜けて大通りに出ると、次は路面電車に乗った。人生初の路面電車だ。


 路面電車は、車道の真ん中を車と並走するように走る。春香はその電車の事をチンチン電車、略して“チン電”と呼んでいた。どこまで乗っても百二十円とリーズナブルなチン電は市民の足として活躍しているようだ。昔は百円だったようだが、数年前に値上げされたらしい。


 チン電に揺られること約十分、そこからアーケードを歩いて約五分。目的地である喫茶店の前に着いて今にいたるのだが……。

 

 私は目の前にある光景に自分の目を疑った。


「春香……、これってマジなの?」


 そこにあるのは喫茶店のショーケース。パフェや、クレープ、長崎名物のトルコライスの食品サンプルがずらりと飾られ、無数の著名人の写真も貼られている。

 それだけなら横浜でも良く見かける景色なのだが、驚くのはそのサイズだ。メガトルコと札のある商品は2・6キロ、パフェのサイズは高さ40センチ、70センチ、90センチ、最大の物でギネス認定までされている120センチのと今まで見たことのない驚愕のの大きさだった。


「ばりビビったやろ? まぁそん顔ば見たくて連れてきたっちゃけどねー」


 悪戯っぽく笑う春香に私は翻弄されっぱなしだ。


 店に入るとわたしたちは各々好きな物を注文した。結局、わたしが選んだのは40センチのパフェだ。その時の気付いたのだが、商品名も斬新だった。『学ランの友』とか『女学生の友』とか写真がないと何なのか全くわからないネーミングだった。


 届いたパフェを食べながら、他愛ない会話に花が咲く。お互いの地元の話、学校の事。

 本当にどうでも良い話ばっかりだったが、長崎で初めて充実している。


(これってまさか高校デビューってやつなんじゃない?)


 わたしが目指した花の高校生活がやっと始まったんだと気分は上がる。


 そんな時、春香はいきなり爆弾を投下した。


「てかさぁ、中学まで部活なにやってたの?」


 わたしはパフェを食べていたスプーンが止まる。その質問はわたしにとって触れてほしくない過去だった。


「ん? 特になんにも。ずっと帰宅部だよ」


 わたしは嘘をついた。

 

 他人にしたらどうでも良い嘘かもしれないが、色んな想いで、過去と決別するためにこの地にいる。今日初めて話して、初めて一緒に出掛けて、春香のことも良くは知らないけど、長崎でできた初めての友達。少し罪悪感はあるが仕方ない。そんな感情を抱きつつも会話は続く。


「そっか、そっか。帰宅部やったとね」


「そうだよ。春香は?」


 わたしは話を自分の話題からそらすように春香に質問を返した。


「うち? うちはバレー部やったよ!」


 春香の身長はわたしと対して変わらない、ただ、肌の白さやその活発な印象から屋内の運動部なんだろうなとは思ってはいたが、まさかバレー部だとは……、


「あぁ……、何かそれっぽいね」


「全然っぽくないやろ! ばりやぜか。てか、るいちゃん……今んと絶対わざとやろ?」


 とりあえず話を変える事には成功。それはそうと、やぜかとはなんだろうか?

 

 今日たくさん話をしたことで、長崎弁にも随分となれたてきた。でも、まだところどころ聞き取れなかったり、解読不能な言葉がある。


「やぜかってどういう意味?」


「あぁ~、ごめん、ごめん! やぜかっていうとは、なんて言えばよかかな? うざい的な感じ?」


 さらっと言ってしまうあたりが春香らしい。ひどい言葉と分かっても、なぜか笑いながら話す春香に和んでしまう。


「結構キツイ言葉なんだね」


「そがんことなかよ。ばり便利か言葉ばい。笑いながら使えば冗談って分かるし、にらみきかせながら使えば怒っとるって分かるもん。あ、でもこれ佐世保とか平戸じゃ通じらんけん気を付けてね!」


 佐世保はハウステ○ボスがあるから知っているが、平戸とは一体……と、その話は置いといて、今日は知らない事がたくさんあって、本当に良い日になった。


「春香。今日は本当にありがとね」


 気付けばそんな事を口走っていた。その言葉を聞いた春香は、驚いたように目を丸くした。


「うわっ……、るいちゃんさらっとすごかこと言うね。そがん普通にありがとうって言われたら何か照れるやん。てかありがとうって言いたいかとはこっちの方って。強引に誘ったとに来てくれてありがとね!」

 

 春香は少し照れくさそうに頭をかきながらそう言うと、何かを思い出したかのか急に手を鳴らした。


「あっ! そうだ! 来週のソフトボール大会頑張ろうね!」


 わたしは耳を疑った。聞き間違えでなければ、春香は間違いなくソフトボールと言った。


「ソフトボール大会って……、なに?」


「やっぱり知らんやったか……。るいちゃん、あの日も早退しとったもんね。いやね、この前ホームルームで先生の言いよったとけど、来週、女子は合同授業でソフトボールするらしかばい」

 

「えっ、なんで?」

 

「うん。生徒同士の親睦ば深めるためっては言いよったけど……」

 

「うそでしょ……なんでソフトなの……」

 

 わたしは言葉を無くし、視点の合わない机を見つめる。

 

「るいちゃん大丈夫? なんか顔色悪かよ?」

 

「ごめん、ごめん大丈夫だよ」


 よりにもよって野球と親戚みないなソフトボールなんて……、時に運命とは残酷だ。わたしが地元を離れてまでリセットしようとした過去をほじくり返されなければ良いが……。そんな事を考えながら、わたしは春香と喫茶店オリンピアを後にした。


 春香と別れた後の事は、あんまり覚えていない。色々な感情が心をかき乱し、気付いたときには帰宅していた。


 来週のソフトボール大会。所詮体育のお遊びだとは分かってるけど……、わたしは本気で悩んでいた。

今回は長崎のある喫茶店を意識して書かせていただきました。


ちなみに、夜月も過去に何度か行ったことのあるお店なのですが、友達五人で120センチのパフェを食べたのは良い思い出です。

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