一回裏 練習中なんです。
入学して間もなく……、私はすでに部活に参加している。
私の所属する光ヶ浦高等学校ソフトボール部は今年で創部三年目のまだ新しい部だ。そういうこともあって部員は三年生三名、二年生六名の計十名しかいない。
そんな数少ない先輩たちがティーバッティングで汗を流す中、私は仮入部という身でありながら監督相手にブルペンで投げ込みをしていた。
「次、ストレートいきます!」
私はピッチャーズプレートを右足で強く蹴ると、前方に大きく跳んだ。勢いそのまま右足で着地、同時に左足を前に踏み込みボールをミット目掛けて投げ込んだ。
弾けるような気持ちの良い音がグラウンドに響く。
「おし! ナイスボール! いやぁ、俺の見込んだ通り良い球放るなぁ。それにしてもあれだな。氷山、お前も大したものだよ。その投げ方で安定してコースにズバズバ決めるんだからな」
監督は満足そうに言った。私はそれに冷静に答える。
「はい。ありがとうございます」
ツーステップ投法、正式名称リーピング投法。それが私の投げ方だ。
ツーステップ投法はワンステップ投法に比べて一歩分前に跳ぶことができる。
つまり、それだけ打者に近づけるということ。
ソフトボールは野球よりもかなりボールが大きい分、投げる時に指の力が伝わりにくく球速が上でにくい。更に投げた後も空気抵抗を直に受けるため失速するのも早い。
だから一歩近づけるだけで、打者の体感速度は劇的に変化する。
私は小学生の頃はワンステップ投法で投げていた。当時から私の身長は172センチと周りに比べると大きかったからか、それで通用していたのだが、中学二年を皮切りにそうもいかなくなっていった。
どうすれば打者を翻弄できるほどの球が投げれるのか、どうすれば球速が上がるのか、中学生なりに悩み考えてみたものの答えが見つからなかった。
そんな時出会ったのがツーステップ投法だった。
オリンピックのテレビ中継で日本代表のエースが投げていた。元々、好きな選手だったこともあって、その選手のことは大抵知っていた。だからこそ変化には直ぐ気付いた。その選手の投げ方が変わっていたのだ。
私の知るところのその選手の球速は120キロほどなのだが、その時テレビに映し出される球速は120キロ後半をマークしていた。
あの時の衝撃は今でも鮮明に覚えている。
私はすぐにその投げ方について調べた。市民図書館へ行き参考書を探し、学校のパソコンで動画を見る。そんなことを何度も繰り返した。
そして、それがツーステップ投法ということを知った。
当時の監督やコーチには「体のバネは大したものだ」と言われていたが、その使い道が分からずにい私にとってその投げ方はまさに理想だった。
そこから、死に物狂いで練習した。
毎日走り込みをして、毎日投げ込んだ。
最初のうちは悲惨だった。跳ぶことばかりに気をとられ上半身の力を上手く使えずに球速は低下。体の軸がブレてストライクゾーンに投げれない。フォーム改造の怖さを知った。
それでも諦めずに練習した。そしてギリギリ中学最後の大会には間に合った。コントロールも安定し、球速も昔より格段に速くなった。しかし、時間が足りなかったせいか、球種はストレートとチェンジアップの二種類しかなかった。その結果が準優勝だった……。
今思うと中学生の私は頑張っているフリをしていただけで、必死さが足りなかったのではないかとつくづく思う。
だから、私は進化する。もっともっと上に行くために。
「監督、次はライズいきます」
「何? お前ライズボール投げれるのか?」
コクりと頷き、投球動作に入る。
「おぉっ! そいつは楽しみだ! よし! こぉーいっ!」
「いきます」
大きく跳び、踏み込み、力強くボールを投げる。私の手を離れたボールは監督のはるか上空を通過した。
「おい! どこ投げてんだ!」
私は少し笑って答える。
「練習中なんです」