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四回表 名前も知らない彼女と

 ソフトボール大会が終わって帰宅した後のこと……。

 わたしは自室のベットに寝転びながら、八景島シー○ラダイスのくじで当てた特大サイズのジンベエザメのぬいぐるみ“ジンちゃん”を抱き締めながら、興奮と沈静を繰り返していた。


「初ホームラン打っちゃったよ! 気持ちよかったなぁ、てか本当に感覚なかったし。でも、やっちゃったな……。自分で決めたはずなのに……最悪……」


 ジンちゃんはされるがまま、強く抱きしめられるせいで原型を保てていない様子。


「それにしてもC組のピッチャーすごかったな」


 バッティングは水物とは言うけど、本当に今日はたまたま打てただけにすぎない。百打席勝負をしたら百打席抑えられるに決まってる。あんなにすごい球を投げるくらいだ。真剣にソフトボールと向き合って、相当な努力をしてきたに違いない。そう考えると今の自分が情けなくなる。

 

「お腹空いた……コンビニいこ」


 ふと時計を見る。針は二十時を指していた。さっき陽子ママの作った晩ごはんを食べたはずなのに、色々考えていたせいだろう。無性にお腹が空いてきた。


 自室を出て一階に降りると、陽子ママに声を掛けた。


「陽子ママ、ちょっとコンビニ行ってきます」


「今からね? もう遅かけん明日にせんね」


 そんなことを言われても、部屋にいると色々と考えてしまう。だから、わたしは適当な理由を探す。


「いえ、シャーペンの芯がちょうど切れちゃって……、すぐ帰ってきますから」

 

「そうね、気を付けて行かんねよ」


「はい。行ってきまーす」


 もう五月も近いというのに外は少し肌寒かった。寝巻きのスウェットに財布だけ持って出てきたのは失敗だったかもしれない。


「上着着てくればよかったなぁ……」


 暗い夜道。薬局にクリーニング屋どの店も閉店して電気は消えている。街灯の数も地元横浜に比べてはるかに少ない。周囲の雰囲気がそうさせるのか、わたしの気分は徐々に落ちていく。暗くなった店の自動ドアに映る自分の姿を見て思った。


「なにやってんだろ、わたし……」


 これでは中学三年の自分の殻に閉じ込もっていた時と変わらない。たかが授業のソフトボール大会。でも、わたしは重大な罪を犯してしまった、そんな気分だった。


 軽やかとは程遠い足取りで歩いていると前から一台のバスがやってくる。わたしは無意識にバスの中を見た。すると一人の乗客と目が合った。


「あっ……」


 その乗客はあの日、入学式の日に見た綺麗な女の子だった。


(部活帰りかな? こんな遅くまで偉いなぁ……、って、あれ?)


 あの女の子の顔は誰かに似ている。誰だろうか? わたしは片っ端から知っている顔を思い浮かべる。地元の子、クラスの子、いや、どれも違う。じゃあ誰だろうか……。


(あつ! 今日対戦した、C組のピッチャーの子だ!)


 思い出したとたんに胸が熱くなった。その熱はみるみるうちに全身に伝わっていく。

 心臓の脈打つ音も大きく、早くなる。わたしはどうしてしまったのだろうか。自分のことなのに全くわからない。でも……、


「――あの子と話してみたい!」


 そう思った瞬間、いてもたってもいられなくなった。さっきまでの暗い気持ちもウソだったようにわたしの中から消えていた。

 彼女の降りるバス停は知っている。わたしは振り返る。来た道を引き返し、彼女を目指して走り出した――。



 バス停は今いるところから二つ先。距離にすると三○○メートルといったところだ。


(……えっ?)


 少し走ったところで、わたしの目には信じられない光景が飛び込んできた。

 なんと、バスに乗っていた女の子もこちらに向かって走ってきていたのだ。


(なんで? どうしよう、声かけなきゃ。でも……、話してみたいとは思ったけど冷静に考えたらやっぱおかしいよね?)


 友達でもないのに声をかけるなんて変ではないだろうか。制服ならまだしも、今はスウェット。キティーサンダルではないものの、見る人によっては田舎のヤンキーと思われそうな格好だ。


(うん、やっぱり今日は止めとこうかな……)


 わたしは足を止め、もと来た方へと体を向ける。


「ちょっと、あなた! 広瀬さんよね? 広瀬るいさんでしょ?」


「――えっ?」


 予想もしていなかった呼びかけに、わたしはゆっくりと振り返った。そこにはあの女の子が不安そうにこちらを見つめ立っていた。


「そうですけど……」


 わたしの声に彼女は安心したようににこりと微笑んだ。


「よかったわ。バスからあなたの姿が見えたから」


 まさか彼女の方から話しかけてくれるなんて。彼女もわたしと同じように話したいと思ってくれていたのだろうか? そうだとしたらすごく嬉しい。彼女の言葉にわたしの熱はさらに上がる。


「わっ、わたしも!」


「そう、あなたも……。それは良かったわ」


 透き通った声、癖のない艶やかな髪、そんな彼女ははにかんだように笑う。月明かりに照らされる彼女の姿は言葉を失ってしまうくらい美しい。

 でも彼女はそれらを自ら壊した。私にはそんなもの必要ないのよと言わんばかりに、それはもう見事に。


「広瀬さんって化粧しないと子供みたいね」


「……はい?」


 彼女に悪気はないとは思うが、人が気にしていることを平気で言う辺りは、なんと言うかさすがとだけ言っておこう。


「あら、ごめんなさい。気にさわったかしら? 悪気はないのなよ」


 わたしは一瞬ドキッとした。この人は人の心が読めるのだろうか。


「べっ、べつに、気にしてないですっ!」


 こんなことを話すため、いや、言われるために彼女を追いかけてきたわけではない。


「そんなことより、わたしに何か用事があるんじゃないんですか? というか……、何でわたしの名前知ってるんですか?」


 今日ソフトボールの試合はしたものの、まだお互いに自己紹介すらしていない。それは彼女も同じはず。なのに彼女はわたしの名前を知っている。しかもフルネームで。


「あら? 知ってたらおかしいかしら? だつて今日あんなに気持ち良くホームランを打たれた相手よ? 誰かに聞いててもおかしくないわ。あなたも私の名前くらいは知っているでしょう?」


 それはそうかもしれない。あの場面、あの打席、あんな遊びのような試合でもあの時だけは間違いなく真剣な駆け引きがあった。そんな戦いをした相手。名前くらい知っていても不思議ではないのかもしれない。

 でもわたしはそれよりもホームランを打ったときの感触に感動を覚え、その余韻にひたりつつも葛藤していたから相手を気にする暇がなかった。


「ごめん、知らない……」


「本当に?」


「うん」


 彼女は目を見開き驚く。

 そんなに驚くことだろうか。そもそも、わたしは昔から良いピッチャーと対戦しても名前まで気にしたことはなかった。試合が終わればそれで終わり。次に対戦する頃にはまたすっかり忘れている。


「私の投げる球って魅力ないのかしら……」

 

 彼女はうつむき考えるようにボソッと呟く。


「そんなことないです! 凄かったです! 間違いなく今まで対戦した相手をの中で一番だったです! はい!」


 言い訳のようにわたしは両手を前にかざして言った。しかし、わたしの頭の中には別の人物の顔があった。わたしの知る一番のピッチャーの顔が。


 その言葉を聞いた彼女は目をつぶって軽く息を吐いた。


「まぁいいわ。私はC組の氷山つらら、ソフトボール部の一年よ」

 

 「よろしく」と言って氷山さんは手を差し出す。わたしはその手を取る。握った彼女の手は冷たい名前とは真逆で暖かかった。


 お互いに笑い合う。これはわたしの思い違いかもしれないけど、この握手は“何か”特別な感じがした。


 一瞬の間のあと、氷山さんはスマホを取りだした。


「今何時かしら?」 


 別に除き見るつもりはなかったが、わたしの視線も自然と氷山さんのスマホに移る。そこに写っていたのは若い男女とその間に幼い少女が三人で笑っている姿だった。


(これは家族写真?)


 氷山さんはスマホで時間を確認すると急に慌て出した。


「いけない! もう九時前だわ! 早く帰らないと!」


「えっ! うそっ! もうそんな時間?」


 時間が分かるとわたしも焦った。さっきの写真のことなんてどうでも良くなるくらいに。うちの下宿先の門限は二十一時だ。破ったことはないが、迷惑はかけられない。


「じゃあね氷山さんっ!」


「えっ! ええ、さようなら」


 あまり話せなかったがそれは仕方ない。またの機会にすればいい。わたしは氷山さんに別れを告げその場を離れた。

 

 ◇


――が、


「あなたもこっちが家なのね!」


「そう! わたし下宿してるんだっ!」


「あらそうなの? 奇遇ね! 私もよ!」


 わたしと並走しながら氷山さんも走っていた。しかも彼女も同じように下宿をしているようだ。


「そうなんだ! なんか、面白いねっ!」


「そうね!」


 自然と顔がほころぶ。興奮したり、後悔したり、様々な感情があった一日だったけど、素敵な出会いもあった。あの試合がなければこうして氷山さんと話すこともなかったのだから。


「じゃあわたし、こっちだからっ! またね!」


 バス通りから下宿先のある路地に入る。別れ際彼女の声はなかった、でもそんなことは気にならなかった。走っているとき、お互いに顔は見ていなかったけど、おそらく彼女も笑っていたと思う。彼女の声がそんな声だった。


「陽子ママただいまっ!」


 勢い良くドアを開けた。玄関には陽子ママが待っていた。


「あらぁ、おかえり! あんたたち一緒やったとねぇ! 今から帰るって連絡きたとに、遅かったけん探しに行こうと思っとったとよ」


 あんたたち? 一緒? わたしは耳を疑った。さっきまで氷山さんとは一緒にいたが、他の下宿人とは会ってすらいない。


「陽子ママ、変なこと言わないでよ。わたし一人だよ」


「るいちゃんこそ、何ば言いよっとね。後ろにちゃんとおるやかね」


 背筋が凍る。もしかして陽子ママは“見える人”なのか……、わたしはオバケとか霊が死ぬほど嫌いだ。富士急ハ○ランドの病院のやつなんて見ただけで死ねる。それくらい嫌いだ。それなのに後ろにって……、わたしは背中に全神経を集中させる。

 

「ウソ……本当に?」


 確かに感じる、後ろから何かに見られているそんな感じがする。わたしは怖くなった。怖さで勝手に涙が溢れ出てくる。


「陽子ママ! 祓ってっ! お願いっ! お願いだから、たずげでぇ~!」


 その時、何かが背後から右肩を掴んだ。


「――ひぃっ!」


 竦み上がって声が出ない。わたしは助けを乞うため陽子ママを見る。頼みの綱の陽子ママはわたしを見ながら笑っている。


(なんで笑ってるの? そんな場合じゃないのに! ご先祖様助けてぇ~。なむあみだぶなむあみだぶ)

 

 出来る限りの抵抗。しかし、そんな抵抗むなしく肩にかかる重みはどんどん増す。もうダメかも……、そう思った瞬間、


「ちょっと広瀬さん? それは失礼すぎやしないかしら?」


「えっ?」


 知った声だった。わたしはゆっくりと、恐る恐る振り向く。


「えっ? ……ええぇぇぇ~っ!」


 驚いた。今日、一番驚いた。なんと、後ろにいたのは氷山さんだったのだ。ところが、彼女は不満そうな顔をしてこちらを見ている。


「驚きすぎよ。私だって、これでも驚いているのよ。あなたがそんなに驚いたら私は素直に驚けないじゃない」


「だって……、だっでぇ~~~」


 安心からわたしは膝から崩れ落ちる。その様子を見ながら二人は声を出して笑い、なだめてくれた。終始氷山さんは苦笑だったけど……。

 後から聞いた話だと、氷山さんは同じ高校の生徒が下宿していることは陽子ママから聞いて知っていたらしい。


 そんなこんなで、わたしと氷山さんの共同生活が始まるのであった。


(明日から会わせる顔がないよぉ~)

欲をいうと、ぶくま、評価、感想、レビューいっぱい欲しいな……

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