プロローグ1~想いをのせて
「――フォアボール!」
主審の宣告を受けて、前のバッターは一塁へと走っていった。
ツーアウト満塁、三点を追いかける展開で迎えた七回裏。そんな大事な場面でわたしの打順が回ってきた。
「るい! あなたが試合を決めて!」
ネクストバッターズサークルから親友の“つらら”が叫んでいる。
今大会ほぼ一人で投げ抜いてきた彼女の腕の限界は近い。さっきの回では球威も制球力も今までの非にならないくらい悪くなっていた。
(つららのためにも……、ここでわたしが決めないと!)
相手ピッチャーがロジンバッグを手に馴染ませ、セットポジションにはいる。その姿を確認すると、バットを握る手にも自然と力がはいる。
変則的なモーション、スリングショットで投じられた一球目、ライズ気味のストレートがわたしの胸元目掛けてやってきた。
(――やばっ!)
打ち気になっていたわたしは思わず手を出してしまった。
タイミングが遅れてバットの根本に当たったボールは鈍い音と同時に三塁側のファールグラウンドへと転がった。
危ない……。まさかあんな球に手を出してしまうなんて……。
「るい! 落ち着いて! 今のはボール球よ! 大丈夫! いつものあなたならきっと大丈夫だから!」
つららの声にハッとして一度バッターボックスから出てると、彼女を見て静かにうなずく。
つららはいつもタイミングの良いところで声をくれる。真っ直ぐわたしを見て、真っ直ぐぶつかってきてくれる。最初は苦手だったし、性格悪いとか思ったりもしたけど……、いつからだろう、つららと仲良くなったのは? そんなに前のことじゃないはずなのに、随分むかしのように感じる。今では大切な仲間。だから、まだつららと一緒に……。
高揚する気持ちを押さえるように屈伸をして落ち着きを取り戻す。それから大きく息を吸って、吐くときはなるべくゆっくり丹田を意識する。これは昔からやってること、ルーティンみたいなものだ。こうすることで、冷静かつどっしりと構える事ができる。
(……よし!)
ここまでくるのは決して楽な道じゃなかった。一度は腐っていたわたしを正しい道に戻してくれた友達、お姉ちゃんとの約束、勝手にだけど期待してたパパ。たくさんの人たちに支えられ、その想いを背負って今のわたしがある。
(だからわたしは! こんなところで負けるわけにはいかない!)
わたしはもう一度バッターボックスに入り、主審に挨拶をして、バットを相手投手に向け叫ぶ。
親友と一緒に目指す夢のため、その先に待つ姉のために――。