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2話:変化した日常

 「です…こ…んの…は……。」

 声が聞こえる知らない人の声だ。変な匂いもする、でも嗅いだことのある匂いだ。

 ――あれ? 俺、何してたんだっけ? ぼやけてた思考がクリアになっていく。

 たしか、女性が襲われてたか助けようとして…それから……だめだ思い出せない。男の股間を蹴ったところまでは思い出せるのだがそこで記憶が途切れてる。


 「ぁ…ぅぁ…」

 

 喋ろうとしたが声が思ったように出ない。口の中がパサパサする。

 

 「 柊也(しゅうや)!? 大丈夫!? 目を覚ましたの!? 気分は!?」


 「母さん落ち着きなさい、柊也が驚くだろう?」

 

 ひどく聞きなれた声がした。生まれて17年間聞いてきた声だ。


 「親…父と…母さ…ん?」

 

 声がする方向に向かって目を開きながら口を動かす。なんだろう口の動きが鈍いし瞼が重い。

 

 「これは…回復が早い、あと1、2日寝ていると思ったんだが…」


 先程の知らない声が聞こえる。

 

 「あぁ! よかった、目を覚ましてくれて…」


 「先生は命に別状はないって言っていただろう?」


 ぼろぼろと涙を流す母とそれを宥める父の姿が目に映る。


 「2人ともなにしてんの?」

 

 いまいち現状の把握ができてない俺は素朴な疑問をぶつける。こんどはつっかえずに言葉が出た。だけど相変わらず口の動きが鈍い。


 「柊也君」


 またも知らない声出所は両親の後ろからだなので視線を少し上げる。

 そこには白衣に身を包んだ眼鏡を掛けた男性が立っていた。

 

 「君は女性を助けるために刃物を持った男と取っ組み合った結果、怪我を負いこの病院に運ばれてきたのです。覚えていますか?」


 白衣の人はこちらの目を見つめて言った。

 どうやらこの人は医者だそうだ。病院といった言葉が決定的だ。白衣に身を包んだ人これで医者じゃなっから、あとはもう研究者ぐらいのもんだろう。

 まさか俺は改造でもされてしまったのだろうか と一瞬馬鹿なことを考える。

 どうやら思考は調子を取り戻したようだ。――思考を白衣の人との会話に切り替える。

 

 「はい、女性を助けるために男と取っ組み合ったところまでは覚えているのですがそこからは―― …ダメですね覚えてないです。」


 マジでそこから何も思い出せない。やはり俺は改造でも受けたのだろうか?


 「ふむ…柊也君。君、家族構成は言える? あと出身地。あ、県だけでいいよ。」

 

 「へ? は、はい両親と妹が1人います…あと千葉県です。」


 変なことを考えていると変な事を聞かれた。もしや記憶喪失的なことを疑われているのだろうか。


 「ふむふむ、記憶は問題なし知識も大丈夫…となると事件のことだけショックで忘れたか…」

 

 不安な事をぼそっと言うお医者様。やめて超怖い。

 そういやさっきから左目が開かないてか感覚が無い真っ暗のままだ。

 手で顔を触ってみると顔に何か巻かれていた、この感触は包帯だ。

 顔の左上半分が包帯で覆われている。


 「柊也…」

 

 顔の回りを手で探る俺の姿を見て親父が呟いた。

 その顔は酷く悲しそうである。母さんなんかさっきより泣いている。

 何? 何なの? なんかヤバイの?


 「え? どうしたの?」


 訳が分からず親父に聞くと


 「私から話します。」

 

 お医者様が何か覚悟を決めたような顔をしながら言ってきた。

 ……なんだろうこの雰囲気。重い、空気がかなり重い。俺、死ぬのだろうか…いや親父はさっき命に別状はないと言っていた。そして俺の仕草を見て何かを言おうとしたなら答えは……


 「この左の顔? 怪我の原因で体に障害?」

 

 っと考えがそのまま口に出てしまった。

 そのままお医者さまに視線を戻すとこちらをジッと見つめている。どうやら当たりのようだ。

 少なくとも口と腕は動く、足の感覚もある。となると――


 「…顔か」


 答えが出た瞬間またも勝手に声が出た。


 「……はい。君は犯人が持っていたナイフで目…網膜を傷つけられて…」


 そこまで言えばさすがにわかる。つまるところ失明だ。


 「…………………」

 

 答えが出たがこう突きつけられるとくるものがある。

 失明……見えない。たしかに左目の感覚がない。

 そう認識すると途端に不安や謎の恐怖感が押し寄せてくる。


 「柊也…」


 「うぅ…ぁ…」


 親父は俺を見つめ、母さんはやはり泣いている。

 

 「失明といっても治す手段がない訳じゃなくバイオニック医療や幹細胞を用いた再生医療などありますがどれも全盲から多少なり視力を回復させる程度で…」


 そんな2人を見たお医者様が僅かな可能性を提示してくれた。

 確かに治せるのなら治してほしい、でも治療行為ひいては医療はこう言ったらなんだが…馬鹿みたいに金がかかる。

 そんな余裕が家にあるわけがない仮に犯人側が治療費を払ったとしても届くがどうか。

 

「……そういえば、あの男というか犯人? と助けた女性は?」


 犯人側で思い出した。あの2人はどうなったのだろう。


 「犯人は捕まって、女の子は無事保護されました。ただし犯人は重症で女の子ほうは少し精神的にダメージを受けたみたいです。」


 お医者様が答えてくれた。

 犯人の重症は確実に俺の金的だとして、女性のほうは精神的ダメージ以外は問題なしと。

 

 「じゃあ、俺の怪我も無駄じゃなかったんですね。」


 そう思うと少し元気が出てきた。名誉の負傷といえばいいのだろうか? とにかく無駄ではなかったわけだ。

 

 「そう…ですね。もしかしたら被害者の女の子は死んでいたかもしれませんから。」


 「あぁ、お前は1人の命を救ったんだ。女の子の親御さんからもひどく感謝された。お前は私の自慢の息子だ。」


 俺の気持ちを汲み取ってくれたのか。親父とお医者さまが同調してくれた。

 

 「じゃあ、やぱっりこのままでも別に構いません。」


 はっきりとお医者さまと両親に伝える。

 今、俺は笑っている自棄ではない。


 「仮に一生このままでも恥ではないですし、むしろ誇れるものなら別に……」

 

 自分で言っといでなんだが台詞が超クサイ。やだ俺ってば超恥ずかしい!!


 「…立派な息子さんですね」


 「えぇ、自慢の息子です」

 

 「柊也ぁ…!」


 親父は誇らしげで母さんは相変わらず泣いている。

 やめて! まだ笑い飛ばしたりしてくれる方が楽です!!

 


 今日はもうそれなりに遅い時間なので親父と母さんは帰って行った。

 お医者様も出て行き、何かあったらナースコールしてくれのこと。

 俺以外誰もいなくなった病室を見渡す個室なのでとても静かだ。この個室どうやら被害者の女の子の親御さんが用意してくれたらしい、せめてものお礼だそうだ。ありがたやー。

 暇なので近くに置いてあったスマホを確認してみる。傷は無い、どうやらこいつは無傷だったようだ…たしかあのときはポケットに入れておいたのだが……

 

 「あっ…これ盾にすりゃもう少し上手くできたんじゃ……」


 気づいたときにはもう後の祭り。すこし後悔した。

 

 「…まぁいいや、もうしょうがない事なんだ」


 1人になると急に負の感情が押し寄せてきた。スマホの画面に映った自分の顔が更に不安を掻き立てる。


 「…っといかんいかん、こういう時は音楽でも聴いて気分を誤魔化そう」

 

 頭を振って嫌な感情を払う。

 スマホの電源を付ける。

 ……なんかメールやメッセージが大量に来ている。確認するとクラスの友達に部活仲間にetc とたくさんの知人からメールが来ていた。あ、叔父や祖父母からもきている。

 こういうのを見るとなんか安心する。みんな心配してくれたんだ。


 「八雲さーん? 起きてますかー? うん、今日は起きてるわね」


 メールを眺めていると若い看護婦さんが入ってきた。押しているカートには食事が載っている。

 食事の時間らしいそういえばめっちゃ腹空いてる。


 「どう? 気分は? 食事は食べれそう?」


 心配そうに聞いてくる看護婦さん。

 大丈夫ですと言おうとすると

 グ~と腹が鳴った。…恥ずかしいでござる。

 

 「ふふ、大丈夫そうね♪ 手動かせる?」


 「あ、はい大丈夫です。ありがとうございます」

 

 「そう、じゃあ食べ終わったらそのままにしておいてね後で片づけにくるから」


 と言い。カートを押しながら出て行ったほかの人にも同じように食事を届けるのだろう。

 それよりも飯だ。

 お医者さんから聞いた話じゃ丸1日眠っていたらしい、そんなに寝ていたのかと言ったらむしろ睡眠が足りないんじゃないかと心配された。

 病院食はとても上手かった。テレビとかじゃ味気ないものとか言っていたから少し構えていたのだが普通に美味でした。

 飯を食べた後はメールやメッセージをくれた皆に変身した。みんな凄く心配してくれたみたいだった。

 そのあとはテレビを見たりと消灯時間まで適当に時間を潰した。

 トイレに行くのも別に苦ではなかった片目といっても日常生活にはあんまり支障がないのでは? と思う。

 普通に歩けるので歩行は問題ない。精々近くにあるもの特に左側が見にくいぐらいと物の距離感が若干取りづらいぐらいだ。

 

 「こうなると部活は無理かなぁ…」


 と今後の事を考えながらベットに横になる。距離感を掴めないのはマズイ部活に支障が…と学生ならではの問題に頭を悩ましていた。

 

 「やべ、もうこんな時間か。寝よ…」

 

 スマホの時計を見るともう12時をまわっていた。

 電気を消し目を瞑る。

 目を瞑ると助けた女の子の顔が瞼の裏に浮かんだ。

 

 

 「綺麗だったなぁ」

 

 と呟きながら睡魔に身を委ねていった。

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