序
「なあ姉貴。本当に行く必要あるのか?彼奴だぜ?」
「だからじゃないの?アレが嘘ならそれで強請ればいいし、そうじゃなかったとしてもそこそこは楽しめるでしょ?」
だけどさあ、と尚も引き下がる声を聞きながら薄ぼんやりと思う。あぁ、その通りなら、彼奴が言ったことが真であれば。
それはなんと、素敵なことだろうか。
雨の匂いも僅かに遠ざかり、日が差す時間も増えてきた文月の初め。何もせずのんべんだらりと過ごしていた私達の所に、ふらりと彼奴がやって来たのはその頃だった。曰く、少し気の早いお中元のようなものらしい。来てくれると有難いとも言っていたが、はて。彼奴がそんなことをいうとは珍しいというべきか、罠か何かと疑ってかかるべきか。なまじ罠であったとしても問題は無いし、額面通りに捉えておくべきか。
とは言え、彼奴に渡されたのは表と裏と書かれた木札のみ。裏返して下げておけばいいと言っていたが、こんなもので何か起きるのか。彼奴はそれで分かろうが、無知蒙昧ではとんと分からん。あぁ、彼奴は葉月にならんと使えんとも言っていたか。
あと一月、されど一月。
さて、何をして過ごそうか。
「なあ、姉貴はどうなんだ?」
なんだ、まだ続けていたのか。
「中々納得しなくて。それで、姉さんはどうするの?」
そうさなぁ、
「取り敢えず、酒でも仕込んでおくかな」
彼奴は強いのがいいと昔言っていたが、生憎こっちはそうでもなくてな。丁度梅が穫れたところだ、梅酒でも作るとしようか。