最速で世界を救った勇者(?)
「良くぞ参った、勇者……よ……?」
魔王を討ち滅ぼすための尖兵として、かの世界から勇者なる異世界人を召喚する決戦術式、勇者召喚。
その術式を起動して顕れたものを見て、王は思わず言葉に詰まる。
それは巨大だった。
およそ十八メートルほどの物体で、基本は円柱状であるがその先端は徐々に先細り、いわゆる巨大なボールペンといえるだろう。ここが謁見の間でなければあまりの大きさに入り切らなかったことだろう。その謎の物体が天をつくようにそびえ立っていた。
王はギギギと首を横に向けて、同じく口をぽかんと開けている筆頭宮廷魔術師イーリス・アルマンディに問いを発した。
「おい、あれは……なんだ?」
「さ、さあ……。じゃなくてっ! 直ちに調べてまいりますっ! 申し訳ありません!」
おかしいおかしいおかしい。
イーリスはひたすら心の中で悲鳴のような疑問を重ねる。蒼く美しい目に僅かに涙をためながら金髪をたなびかせ、歴代最年少の筆頭魔術師はソレの元へと走った。
「えっとえっと……。勇者召喚は異世界から魔王と戦う力を持つ勇者を招く術式で……」
まるで磨き抜かれた大理石のようなツルツルとした表面を撫でながら、イーリスは自らが起動した勇者召喚の術式を思い起こす。
『今回の魔王は強い……。故に歴代最強の勇者が必要だ。わかるなイーリス筆頭魔術師よ』
召喚の半年前、強面をした大臣にそう念を押されたイーリスはあの時こう応えたのだ。
『は、はい! わかりました。なんとかして勇者召喚の術式の記述を解読し、王国が望む最強の勇者を召喚してみせます!』
そしてそれから半年間、イーリスはその神域に至ると噂される頭脳をフル回転し、遥か古代から伝わる勇者召喚の一部を解読、そして書き換えることに成功したのだったか。それがどうしてこんなことに。理論的には間違いなく、かの世界で最強の一画たる存在が呼び出されたはずなのに! イーリスは周囲から向けられる視線と必死に目を合わせないようにしながら、どう見ても人ではないソレの魔力反応を探った。
「……! 魔力反応、ある! ……え……勇者の加護も!?」
イーリスは驚愕した。間違いなくこのやたらとでかい物体から魔力、勇者召喚において自動的に勇者に与えられるという加護が与えられているのが確認できる。え……これって人なの!? イーリスは激しく混乱した。そしてそんなイーリスの様子を固唾を呑んで見守っていた、国王を始めとする国の要職につく人々もざわめき出した。
――そして謁見の間に広がる喧騒の中、さらなる異変が発生する。
「……うら若きおなごにそうもペタペタと触られると、照れるのである」
「「「しゃ、しゃべったあああああ!?」」」
先端部を僅かにピンクに染めて、下部からプシューとほんの少し蒸気を放ちながら、ソレ――地球では『LGM-30 ミニットマン』と呼ばれる、アメリカ軍が保有する大陸間弾道ミサイル――は言葉を発したのだった。
【名前】 LGM-30 ミニットマン
【性別】 不明
【クラス】 勇者
【獲得スキル】
・自我付与……本来自意識を持たない存在に自我を持たせるパッシブスキル。
・言語理解……あらゆる言語を理解できるようになるパッシブスキル。
・対魔族……魔族に対する魔術的な特攻効果を付与するパッシブスキル。ミニットマンほどの物理攻撃力と合わせれば、対象を魂ごと抹焼する。
◇ ◇ ◇
ミニットマン、改めミーちゃんはその十分後、魔王討伐の旅にたった一人で出発した。しかし心配は無用。この世界では誰も追随できないほどの高空を、最大速度マッハ23で駆け抜けたミーちゃんは瞬く間に別大陸である魔大陸に存在する魔王城上空へと到達した。
「人類に栄光あれ」
ニヒルにミーちゃんはそう呟くと……。
此処から先はもはや語る必要もないだろう。
人族の三分の一を殺戮した悪の化身、魔王とその一派は強烈な閃光とキノコ雲に飲まれ消滅した。
そしてその光景を魔水晶から呆然と眺めていた、王国の重役たちは身を震わせる。その身の震えが魔王が滅びた喜びゆえか、それとも異世界の存在に対する恐怖ゆえか――それを知るのは彼らのみである。
”墜星”と呼ばれた最強の勇者は、瞬く間に巨悪を滅ぼし、そしてこの世界を立ち去ったのだ。
……以降、この世界で『勇者召喚』は禁忌の術式として指定され、もう二度と使われることはなかったという……。