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第3話 沙羅さんは素敵なお友達

 第3話 沙羅さんは素敵なお友達


「んだよ、立ち止まんじゃねぇよ」

「す、すみません……!」

 歩道橋の脇でしばらく足を止めていた私は、慌てて歩みを再開した。

 ほのかに夏の気配が漂い始めた札幌の街並み。道ばたの花壇は鮮やかに植物が植わる傍らを、通勤途中の人たちがせわしなく交錯する。桜もいつの間にかすっかり青葉に変わってしまっていた。

「おっはよー小鳥。相変わらずちっちゃいね」

「はは。柚は相変わらずモデル体型だね」

 人混みの中で運良く柚に見つけてもらい、会社までの道のりを肩を並べて向かっていた。

 そして、林プロの手前まで差し掛かった時。

「おはようございます、小鳥さん」

 にこり、と本日一番の爽やかな朝の挨拶。

 一瞬前までいつもと同じ日常風景だったはずが、金縛りにあったみたいにぴたりと立ち止まった。

「お、おは、おはよう、ございましゅっ!」

 か、噛んじゃった……!

 道のど真ん中で顔をぼっと火照らせる私に、沙羅さんはくすくすと小さく肩を震わせる。うう、恥ずかしい……!

「高梨さんも、おはようございます」

「あ、はい! おはようございます!」

 同様に挨拶を受けた柚も、びっと背筋を伸ばす。その後すぐに他の男性社員が沙羅さんに声をかけ、そのまま去って行った。

 第一関門。朝の挨拶。さりげなくも大きな関門は、短時間のうちに幕を閉じた。

「~~~~っっ、小鳥! アンタは本当良くやった!」

「うきゃっ!?」

 私同様、隣の友人もまた沙羅さんの魅力にあてられたらしい。勢いよく私の肩を掴むと、なりふり構わず体を前後に揺らされた。

「あの沙羅さんと朝から挨拶を交わす仲になるなんて! 小鳥の隣にいた私にまで声をかけてくださるなんて! やっぱり沙羅さんは優しくて大人でイケメンだわっていうか私の名前覚えててくれてたんだ嬉しい~っ!」

「柚さんや、ちょっと落ち着いてぇ……!」

 柚には前もって、昨夜の家に沙羅さんとの出来事をほんのり報告しておいた。屋上の逢瀬の事実だけは今まで通り伏せたまま。

 電話では半信半疑だったのか真偽のほどを根ほり葉ほり確認されたのだが、沙羅さんの挨拶ひとつでようやく確信へ昇格したらしい。

「だって小鳥、前に話してた時は『友達なんて畏れ多くて絶対無理』って言ってたじゃない。そりゃ~すぐには信じられませんって」

「そ、そりゃそうなんだけど。色々思うところがあってね?」

 実際、私自身もまだ信じられないのだ。

 女神様相手に“友達になって下さい”なんて直談判してしまった自分自身が。

「ま、沙羅さんはあの通り中性的なお顔をしてるし、何よりお優しいしね! 男性恐怖症の治療にももってこいな人選なんじゃない?」

「あ! そうだよ柚。そういえばひとつ聞いておきたいことがあって……!」

「うん?」

 よしよしと頷いていた柚の裾を、私は慌てて引いた。

「男友達って、具体的に何をしたらいいんでしょうか……?」


「沙羅さん。ちょうど今、S企画の高橋さんからお電話がありました!」

「わかりました。すぐに折り返します」

 唐突に耳に運ばれてきた会話に、思わず肩が飛び跳ねてしまう。そう。ここは十七階印刷室。沙羅さん所属の第一グラフィック部とは目と鼻の先にある作業部屋だった。

 印刷室からそっと顔を出すと、出先から帰ってきたらしい沙羅さんが女性社員と会話をしているところだった。

 余裕すら窺える大人な空気に、フロア内の女性も心なしか乙女オーラが上昇したように思える。ピンク色の、ほんわかした何かが。

 あんな人とやっとの事でお友達になれたんだ。今後はそれを継続すべく努力していきたいと思ってるのだけれど。

(別に、特別なことをする必要はないと思うけどねぇ)

(強いて言うなら、相手が困ってるときに手を差し伸べるとか、愚痴を聞いてあげるとかじゃない?)

 至極まともな柚の返答に納得したものの、私にできることなんてたかが知れてる。コピーを進めながら、私は1人頭を抱えていた。

「おう慧人! 前に企画したやつ、正式に進むことになったから! 下調べしといてくれ」

 再び別の会話が、フロア一帯に響くようにして耳に届く。その声の主らしい男性社員は、そのまま手狭なこの印刷室に入ってきた。

 一気に酸素が薄くなった心地で身を縮めていると、軽快だった男性の鼻歌がぷつんと途切れた。

「あれ? 君は確か一昨日の」

 突然話しかけられたことに警戒レベルを上げてしまう。それでも「あ~、ごめんね突然」と愛嬌たっぷりに笑いながら、その男性は自らを指さした。

「ほら、総務課の通路で、君を危うく段ボールでひいちまいそうになった、あの時の!」

「……あ!」

 ダークグリーンのラインが入った、少しアンティーク風のデザインの眼鏡。

 私がぽんと手を叩くのと同時に、眼鏡の男性はニッと愛想の良い笑顔を向けてくれた。

「あの時は迷惑をかけちまって済まなかったなぁ。本当、申し訳ない!」

「い、いいえいいえっ! 私もその、あのときは余所見してましたので」

「お嬢ちゃん……じゃないや。総務部の堀井小鳥さんだったな」

「へ……どうして、私の名前を?」

「慧人のやつに教えてもらったんだよ。女性に『お嬢ちゃん』は失礼だってな」

「けいと?」

「ああ。沙羅のことね。沙羅慧人」

「あっ、さ、沙羅さん!」

 絶妙な合いの手が飛んできて、再びぽんと手を打つ。そんな反応に気を良くしたのか、眼鏡の男性もますますくだけた表情を見せた。

「俺は第一グラフィック部の柊克(かつ)()。いつも慧人のやつをこき使ってる、悪い先輩」

 やっぱり、沙羅さんの先輩だったんだ。

 前に少し見ただけだけど、沙羅さんとも親しげな様子だった。それならきっとこの人も良い人なんだ……よね?

 少し堅そうな黒い単髪に、沙羅さんよりも比較的広い肩幅。男性にしか見えない男性との会話に臆病風が吹きそうになるが、ここはぐっと堪えてみる。後ずさるのは半歩分だけにとどめた。よし。頑張った。偉い。

「あの。総務部の堀井小鳥です。よ、よろしくお願いします……!」

「うんうん。可愛い名前だよねぇ。だから総務のみんなも『小鳥』って名前呼びなんだ?」

「は、はは、はい! そっちの方が覚えやすいからって、先輩後輩もいつの間にか」

「へ~。それじゃ、俺も『小鳥ちゃん』って呼んじゃおうかな」

「へっ?」

「ははっ、なーんつってね! そんな気安い呼び方したらあいつに何言われるか──、」

「印刷室で何をしてるんですか。柊チーフ」

 地を這うような低い声。手狭な印刷室に落ちてきた声に、私と柊さんが揃って肩をびくつかせた。

「指示を出すなら指示書を早く出して下さい。悪い先輩もあんまり過ぎると、後輩も匙を投げかねませんよ」

「ああ~、はい! 今ちょうど指示書を刷ってるところですよ~慧人く~んっ!」

 あははははと笑いを絶やさずに、柊さんは向かい側のプリンターのボタンを連打する。その中で柊さんとの距離が取れたことに、私は密かに胸をなで下ろした。

「何か失礼なことをされませんでしたか。小鳥さん」

「い、いえ。そんなことは」

「ちょ、その発言の方がよっぽど失礼じゃね?」

 苦々しげに反論する柊さんの言葉が聞こえなかったらしい。気遣わしげな瞳に、先ほどまでの変な緊張感がほんのり和らいでいく気がする。

 生まれて初めて出来た、男友達。

 まだ少し緊張感を帯びつつも、ふわふわと心地良い喜びが胸に詰まるようだ。だからこそ、私も何か沙羅さんの役に立ちたい。

 果たして私に何が出来るのだろう。再び考え込みそうになったところで、「出来た!」と一際大きな声が室内に響いた。

「慧人君、このたびの指示書でございます! 何とぞ何とぞ~……っ、あ!」

 恭しく柊さんから手渡されかけた指示書が、ひらりと手元からすり落ちた。木の葉のように右往左往した後、私の足下に着地する。

 反射的に拾い上げたその指示書に、私は小さな希望の種を見出したのだ。


 今夜の天気は、どんより重い曇り空。

 いつもなら足を向けないはずの最上階に、いつも以上に気配を消して足を踏み入れていた。この階に来て屋上に行かないのは、なかなか久しぶりかもしれない。

 骨組みの木棚が所狭しと立ち並ぶ、資料庫2。ここには撮影関係の資材や古い書籍など、様々な物資が所狭しと詰め込まれている。

 埃を乗せたファイルが不格好に立ち並ぶ一角に私は腰を据えていた。その内のファイルをいくつかピックアップし、内容の確認をひたすら続ける。

「ええっと。確かこの辺りに……あった!」

 ほんのり黄ばみを帯びた書類たちにマークを施し、状態を傷めないようにそっとファイルから外していく。

 めぼしい資料をあらかた揃え終えた私は、クリアファイルにそれらを整えるとほう、と息をついた。

「これだけの資料があれば、きっと沙羅さんの役に立てるよね」

 仕事を定時で終え、真っ直ぐこの資料庫2に訪れた目的はそれだった。きっかけをもらったのは、昼過ぎに印刷室で拾い上げたあの指示書。

 あの内容から考えると、この辺りの資料があれば随分掘り下げやすいはずだ。

「余計なお世話かもしれないけれど……」

 それでも期待してしまうのは、沙羅さんの穏やかな微笑みだった。

 雑用の場数をこなしてきた分、資料集めには少しだけ自信がある。この力でもし、沙羅さんに頼りにしてもらえるのなら。

「よしっ。さっさとファイルを片付けようっと!」

 そして、明日沙羅さんにこの資料を渡すんだ。時間はいつにしようか。なるべく誰の目にも付かないように渡せたらいい。

 知らずのうちに口からこぼれていたのは、『Twinkle, Twinkle, Little Star』の歌だ。

 小唄を口ずさみながら、私はファイルを元あった場所に戻していった。その際、使ったファイルの場所をメモしておくことも忘れない。

 最後のファイルは先ほども使った木箱に乗って、一番高い段へと戻す。よいしょと背伸びをして奥に収めようとしたとき、足下で不穏な音が鳴った。下に視線を向けたのと体が沈んでいくのは、ほとんど同時だった。

「ッ、きゃああっ!」

 派手な音が資料庫に轟いた後、水を打ったように静かになる。私は向かい側の棚にぶつけた頭をそうっと撫で、投げ出された上体をゆっくりと起こした。

「い、たたたたー……」

 見てみると木箱が古くて重みに耐えきれなかったらしい。抜けてしまった天井板にがっくり肩を落として私は起きあがった。

 あ、久しぶりに怪我。右手の甲に滲む血の存在に苦笑した。

「でもこの程度なら絆創膏も必要はないかな」

「誰かいるんですか」

「ひゃあっ!?」

 突然の人の声にびくつき、再び後ろの棚に頭をぶつけた。すらりとした人影が、薄暗い資料庫の明かりを遮る。

 さ、沙羅さん……!

 資料庫で尻餅を付いている私に、彼は目を丸くした。それでも壊れた木箱の残骸にさっと視線を送り、事を理解したように眉を下げる。

「少し、登場が遅かったみたいですね」

「あ、あああ、あの……っ」

「大丈夫ですか。怪我はありませんか」

 こちらに差し伸べられる手。何の見返りも求めず、困る者を助けようとする手。私もいつか、そんな手を差し伸べる側になれるだろうか。

「す、すみません。いつも沙羅さんには、情けないところを見られてばっかりで──、」

 その時だった。こちらに少し屈む沙羅さんを見上げると同時に、棚の上でぐらりと揺れる何かが目に入る。それがいよいよ支えを失い、棚から落ちて──。

「沙羅さん!」

 無我夢中だった。

 差し出された手を目一杯に引っ張って、自分の体を持ち上げた。沙羅さんの驚愕の瞳が近くで交わされたが、躊躇する余裕なんてまるでなかった。

 落ちてきたのは使用済みらしいペンキ缶だった。床に弾け飛ぶその音は室内全体を突き刺すような轟音だ。それでも、きっと彼にぶつかってはいないと思う。

「……っ、さ、ら、さん……」

「助けるつもりが、逆に助けられてしまいましたね」

「え……?」

「ありがとうございます。小鳥さん」

 それは、資料収集をする中でおこがましくも想像していた、沙羅さんの感謝の言葉。

 そのあまりに綺麗な笑顔が目と鼻の先にあることに、今更ながら気付く。

 抱きかかえるように沙羅さんに腕を回している体勢に、私はしばらく硬直した。

「し、しししし失礼しました……ッ!」

 舌の呂律も危ういまま、急いで沙羅さんの上を飛び退いた。棚が息苦しく配置された室内で大した距離が取れはしないけれど。

「す、すみません! 突然のし掛かるようなことをして……!」

「いいえ全然。小鳥さんは軽いですね。翼が生えているみたいです」

「そ、そんなそんなっ!」

 思い切り首を横に振る私に、沙羅さんはくすくすと肩を揺らす。

「あ……ええっと、あれっ? そういえば沙羅さんはどうしてここに……っ?」

 しどろもどろになりながら振った話に、沙羅さんはごく自然に答えてくれた。

「仕事の関係です。さっき柊チーフに言い遣った企画に使える資料がないかを探しに」

 い、いきなりチャンスが来た──!

 少し埃っぽくなったズボンを払い、沙羅さんが立ち上がる。その隙に、私は慌てて資料を挟んだクリアファイルをひっつかんだ。

 頼り頼られる友達関係の、記念すべき第一歩!

「その企画のことなんですが、もし宜しければ、こ、これを……っ!」

 意を決し、クリアファイルを差し出した。

 少しでも喜んでもらえますように……!

 しかしながら、そんな願いも空しく沙羅さんからはまるで応答がない。不吉な予感が頭を充満させながら、私は恐る恐る瞼を開けた。

「……っ!」

 ひっ、と引き吊るような声を、何とか喉の奥で押し留める。

 差し出したファイルに視線を送りながら、沙羅さんは大きく目を見開いていた。信じられない、有り得ないというような表情。

「小鳥さん」

「っ、は、はい……っ」

「怪我をしてるじゃないですか」

「す、すみません! ごめんなさ……っ、え?」

「今、俺を助けた時のものですか」

 すっと持ち上げられたのは、差し出していた資料ではなく、私の頼りない右手だった。

「小鳥さんの手の甲。血が滲んでます」

「ち、違います! この怪我は最初に私が一人で転んだ時に出来たものですよ……!」

 向けられた確認の視線に、思わず念を押す。

「こんな傷はあれですよ、唾を付けておけば治る感じのあれですから、大丈夫です!」

 指先から伝わる沙羅さんの体温は、少し私よりも低い。それが次第に同じ温度に交わっていくのが恥ずかしくて、頬がじわじわと熱を集めていく。

「本当ですか?」

「は、はい! だからその……」

「それじゃあ」

 もう、離しても大丈夫です。そう紡ごうとした言葉は、発せられることはなかった。

「俺が、その方法で消毒してあげましょうか」

 沙羅さんが口にしたのは、初心者が処理するにはレベルの高すぎるジョークだった。

 労るように触れられた右手が、ゆっくりと持ち上げられていく。沙羅さんの長いまつげがその綺麗な瞳をそうっと覆うのを見た。

「さ、ささささ、沙羅さん……ッ!?」

「はは、すみません。冗談が過ぎましたね」

 沙羅さんの唇が手の甲に触れる、本当に直前。沙羅さんは笑いながらすっと顔を上げた。少しいたずらな目元にようやく気付き、ふいっと顔を背けた。

「沙羅さんっていつもはすごく優しいのに……何だか時々意地悪です」

「すみません。小鳥さんの困った顔が、可愛くて」

「う……」

 だから、そういう発言が意地悪だって言うのに!

「そうだ。良ければこれを使って下さい」

 言いながら差し出されたのは一枚の絆創膏だった。受け取った私は思わず感嘆の声を上げる。

「わあ、綺麗な絵柄ですね……!」

 絆創膏にあしらわれたのは、美しい満天の星だった。見慣れた札幌の街並みとわかるイルミネーションが細かに描かれている。

「担当した商品の試供品です。ついさっき渡されたので、出来立てほやほやですよ」

「それじゃあこれ、沙羅さんがデザインを!?」

 初めて見た沙羅さんの作品に、みんなが彼を賞賛する理由を改めて理解した。

「でも、こんな綺麗な絆創膏を……」

「いいんですよ。小鳥さんの手の方が、何倍も綺麗ですから」

「……っっ」

 て、天然タラシだ……!

 ぷしゅう……と湯気を上げる私を余所に、沙羅さんは絆創膏を手の甲に貼ってくれた。

「はい。これでひとまず大丈夫です」

 手の甲に貼られた夜空の絵に、沙羅さんはどこか満足げに笑う。

「あ、ああ、ありがとう、ございます……っ」

「どういたしまして。小鳥さん」

 小鳥さん。

 男の人には違いないのに、沙羅さんにそう呼ばれることが何故か至極落ち着いた。今までの私では、考えられないくらいに。

「本当に……ありがとうございます」

 繰り返した感謝の言葉は、意味合いが少し違った。

「私……本当はずっと、男の人が苦手でした。少しずつ慣れてきたつもりでしたけど、それでもふとした拍子に苦手意識が出て、相手に失礼な態度をとったりして」

 先ほど施された絆創膏を、指で撫でる。

「でも沙羅さんは、そんな私の初めての男友達になってくれました」

「……」

「私、これからもっともっと頑張りますね! 沙羅さんの女友達だって自信を持って言えるように……!」

 自然に笑顔を浮かべた自分に、内心驚いた。

 久しぶりの感覚に高揚する自分を感じながら、例の資料を今度こそ沙羅さんに手渡した。

「余計なお世話だったのかもしれませんが、今回の企画に関連がありそうな資料です。その、よければ、参考に──、」

 言いながら沙羅さんをそっと見上げる。窺い知ったその表情に、思わず目を瞬かせた。

「そうきましたか」

「え?」

「いえ。こっちの話です」

 柔らかく微笑む沙羅さんに、私は小さく首を傾げる。

「貴女が無理に頑張る必要なんてこれっぽっちもありません。俺は、そのままの貴女が好きになったんですから」

「……」

 そ……そうきましたか。どうやら沙羅さんの天然爆弾は所構わず。私は精一杯の防御を身に付けるしかないらしい。

「資料、ありがとうございます。とても助かりました」

 どこか楽しげにそう告げる沙羅さんに、私は目一杯の間を空けて返答した。

 人生初の男友達は、やっぱり少し、慣れるに時間がかかるらしい。


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