1-5 『黒き精霊』
少女の身長ほどある黄金の剣を背中から抜くと、真っすぐ突っ込んでくる少女のを見て新人類たちは慌てて、槍みたいな、キリスト教の十字架のような本来零が知っている槍とは違った物を取り出して、片手で槍みたいなものを構えると、早口で何かを唱えた。勿論零には内容は解らなかったが、どうやら会話の時とは違うようだ。発音や音程、呼吸方法から声の出し方まで大きく異なっていたため、何か呪文のような物にも聞き取れた。
直後、槍の矛先と思われる所から突如青色の炎が出てきて、槍の持ち主が複雑に槍を動かすと、黒ドレスの少女の周りを炎の渦で囲んだ。
「(おいおいマジかよ! アイツら『能力』が使えるのか!? しかし何か違うような気もするが……)」
零は普通の答えを出して驚愕していたが、何か違う、全く同じ法則の筈なのに、決定的に何かが違うような気がした。
しかし零は、そのような思考は一時的に振り払って後々考えるとして、今はこの戦闘を分析する事にした。
どうやら新人類たちは自分たちが勝ったと思い込んでいるようだ。それも解りやすく表情に出ていた。それもそのはず、約1400度の中で生きられる人間なんて、そんなの能力を使わないと
が、その気の緩みが裏目に出てしまった。
まるでその一瞬を待っていたかのように、炎の中から黒ドレスの少女が炎を剣風で吹き飛ばして突っ込んで来た。
新人類は慌てて能力らしき物を使い、窒素を圧縮して防御壁を生成して何とか第一波を防いだが、連続で、しかも一発一発が化け物じみた力で繰り出される斬撃を前にしては五発も持たなかった。
防壁が破られると同時に新人類の片方が続けて防壁を構成して後退を支援し、もう片方は剣を抜いて何かを唱えると、複数の同じ剣が複製され、おそらく重力操作とベクトル操作能力を使っているのだろう、剣が一斉に黒ドレスの少女に向かって宙を舞った。
剣は左右と上に三方向に分かれて、一定の距離を取ると、およそ時速200キロぐらいのスピードを出して突っ込んだ。
剣と少女の最大距離は15メートル。単純計算で0.3秒後に衝突するスピードで迫る剣を、少女は何もしないで数センチの距離のところで止まった。いや、零が観た所、空間の座標を固定して、そこに触れた物もその空間の一部と認識するような、能力とは違った何かを使って不自然に止めた。
直後、複製された剣は塵となって消滅し、少女は無傷のまま立っているのを新人類たちは見るとたじろいてしまった。見た感じ、最初から全力を尽くして戦っていたのだろう、顔からもそのように見受けられたが、今はもう完全に降参しているような顔だった。言葉は解らないけど、表情が旧人類と同じなら、かつて多くの敵を始末してきた零にはそのように読み取れた。
しかしその様な仕草は黒ドレスの少女は完全に無視、いや解らないのかも知れないが、再び剣を構えて突っ込ん出来た。
「くっ! 間に合え!」
零が慌てて茂みから飛び出して少女の攻撃を素手で防ごうとしたが、時間が足りない。少女の早さには零はついて行けなかった。
その演算結果をコンマ0.05秒でたたき出した零はすぐさま右手に付けていたリング型AECを操作し自分の脳の処理速度を1000倍まで引き上げた。
次の瞬間、脳に激痛が走ると共に世界が停止する。
痛みのあまり意識が駆られそうになったが、何とか堪えてすぐに次の演算に入る。
「(自身の足と腕のベクトルを操作、新人類と少女の距離から最短距離で間に合うように速度調整)」
「(少女の剣の情報を解読。同等の剣をメモリーからリジェクト。複製完了)」
「(少女の剣の軌道を予想。安全に処理するためのコースを設定し、必要な力を自身の腕にインプット)」
「(処理速度を元の数値に変更)」
直後世界は元の早さに戻り、再び時が動き出した。
零は自分の脚力を操作して一気に少女の前に移動し、両手に模造した剣を使い少女の剣を上空に弾き飛ばした。その反動で剣は粉々に砕け、支えを失った体は後ろに倒れそうになったが、何とか自分の筋力で持ち直した。
いきなり現れた零の姿に少女が驚いている横顔を見ながら、零はさらなる行動に出る。
自分の脚力を変更し、足を地面に向かって叩きつけて、粉塵を視界を完全に遮るような形巻き上げた。もちろん、能力を使い空気を操って効率よく拡散させているが。
黒ドレスの少女は慌てて剣を振り粉塵を振り払おうとしたが、粉塵はすぐに元の位置に戻った。
「(よし! これで一時的だが視界を塞ぐことができるぞ)」
零は一旦呼吸を整えて、必要最低限以外の演算を止める。本来ならこんな事をしなくてもいいのだが、演算処理が4000万年前より遥かに衰えているので、演算を割かないと上手く使用できないのだ。
余計な思考が消えて今できる最大限の演算領域を確保し、続けて空間情報を読み取り、新人類の場所と人工物らしきものを捜索し把握する。
そして新人類がいる周囲2メートルの空間を操作し、人工物付近の空間ごと交換する。
直後新人類が消失し、代わりに女神像らしき物の像が現れた。
「(質量等価交換型空間転移能力』。文字通り空間Aと空間Bの同じ質量が存在するときに、その位置を入れ替えることができる能力だが、これはあまり使い勝手が悪いな。もう少し改良が必要か……。まぁでも、これで第一目標は達成だな。んでは、)」
零は能力を解除し粉塵を吹き飛ばして、視界を確保した。
視界が晴れ、周りの風景が色合いを取り戻してく。
そして零はある一点を見つめながら、恐る恐る話しかけた。
「ところで、君は何がしたかったの? 問答無用に襲い掛かってさ」
零の見ている先、五メートル先に居た、黒ドレスの少女はいた。
整った顔立ちに、夜のように深い黒色の髪を腰のあたりまで伸ばし、同じく夜の様な黒い瞳。絶世の美女とか天使と言われてもおかしくない姿の少女は、零を少し睨みつけてから、氷の様な表情で答えた。
「貴様も、私を殺しに来たのか?」
「はぁ……? いったい何言っている―――ッ!?」
少女は剣を構えて殺す気で突っ込んで来た。
あまりの早さに零は防御することも、いやあえて防御をしないで直接攻撃を喰らうことにした。
零の言う防御とは、その攻撃してきた方にその力をそのまま反射する物だからだ。
勿論、防御無しで音速と同じ速さで振られる剣を真面にくらっては身が持たないのは解っていたので、自身の脚力を調整し、なるべく剣と同じスピードになるようにして、威力を相殺するように仕向けた。
結果は零の思惑通りに威力をある程度相殺することができたが、完全とはいかず、剣の樋が上半身に当たり、数十メートル吹き飛ばされて、三回ほどバウンドした後やっと止まった。
頭と右腹部からは血が流れていて、胸骨を数本折ってしまった。ただ幸いと言うべきなのは、両手両足はかすり傷程度で済んだことと、移動するには多少影響はあるが、能力が使える今なら問題ないという事だった。
「(一応痛みはある程度能力を使って抑え込んでいるが、これがいつまで持つか……。くっ、とりあえず今は止血だけで―――ぐはっ!?)」
少女は片手で零の胸ぐらをつかんで宙へ持ち上げた。
「ほぉ、貴様私の剣を真面に受けてもまだ生きていられるか。他の奴らとは随分違うようだな」
「てめぇッ、いったい何がしたいんだよ! 無抵抗な人を殺そうとするし、俺だって何をしたって言うんだよ。答えろ!」
すると少女は、少し呆気に捕られたような顔をして零の顔をまじまじと見ると、何やら考え事をしながら訪ねてきた。
「貴様……私の言葉が分かるのか?」
「あ、あぁ。解るけど? それよりいい加減下してくれないかな?」
しかし零の願いは少女の耳には届いてはおらず、何やらごにょごにょと呟くと、少し声のトーンを落としてこう言ってきた。
「貴様、何か飯を造れぬか?」
「……はい?」
零は思わず表情が固まってしまった。あまりにも場違いすぎて。
「(いやね、何かしら拷問とかがあってもおかしくない現状なのに、飯を造れるか聞いてくるなんて、場違いというか、常識外れと言うべきか……わからん。全く分からんが、ここはあえて素直に答えておこう)」
零は彼女を怒らせないようにするために十通りの答え方をシミュレーションした後、おそらく零の経験上もっとも安全な答え方をした。
「つ、作れますけど……」
「おお! ホントか! ここ一か月間何も食っていなかったからもう腹が空いて仕方がなかったのだ。助かったぞ!」
「そ、そうでしたか……ハハハ」
零は苦笑いで何とか乗り越えたが、心の中では「(え? 何で俺褒められたんだ……? 何かいいことでも言ったけ? まぁ怒られなくて良かった、のかな?)」と思考回路がショートしそうになりつつも、疑問だけが浮かんでくるこの現状を、昔にもあったような気がするなと思い返していた。