1-4 『謎の鉢合わせ』
気が付いたら空を見上げていた。
朝日で少しずつ青くなっていく空が綺麗だなーと、何とも拍子抜けした感想を述べた零だったが、つい先ほど崖から飛び降りてしまったところだ。
十階建てぐらいの高さから落ちたから20メートルぐらいか、と零はそんなことを考えながら、まるで落ちた事なんて無かったように立ち上がった。
そもそも怪我すらしていない、無傷だ。少し服に泥が付いただけで、服も破けていない。周りには木があるので、おそらく木の葉で威力が減少されたのだろう。それを証明するかのように、零の髪の毛には葉っぱがついている。しかも兎耳みたいについているのでなんだが可愛らしくなっていた。
木によって命が救わてたという奇跡が起きたのに、零は当たり前なような顔をしながらよっこらっせと立ち上がった。
森の中に朝日が差し込んで、零を赤く照らす。
「太陽が昇る角度から見ておそらく季節は夏だろうな。ってことはこれから暑くなるのか。あー暑いの嫌だな。日焼けしたくないし」
と呟きながら、自分の前に手をかざして空間ウインドウを呼び出し、いくつか操作してネットサーバーにアクセスを試みた。理由は今自分が何所に居るかを知るためだ。とりあえずGPSでも呼び出せば、今後の向かう方向が決まってくる。目標を決めないでただ気ままに歩いても時間と労力の無駄たということは、零が幼いころから知っている数少ない経験だ。
数秒後、あまりにも絶望的な結果が帰って来た。
零は複数のウインドウに映る英語で書かれた文を見つめて、ため息交じりの声で呟いた。
「(やっぱりな……普通のネットワークは全て向こう側の支配下にあるか。こりゃぁ、結構骨が折れる作業になるぞ)」
すると視界の隅に金髪ツインテールの電子少女、レリシーが現れた。
『あれ、零様。いつの間にハッカーモドキになられたのですか? しかもアナログ方式って。まだまだですね。私の足元にも、いや天と地の差がありますよ』
レリシーは零のアクセス結果を見つめながら、ニヤニヤしながら話しかけた。もちろん、零をからかうために。
いつもならここで零が怒って、ツッコミを入れてくるくるから更にツッコミを入れ返すという行為がレリシーのちょっとした精神安定剤になっていたりする。
が、零の回答は予想より遥か上を、いや下を行った。
「……仕方ないだろレリシー。まだまだ初心者だし。お前には敵わないよ」
『あれ? 零様?』
「こんな屑野郎が言うのは迷惑かもしれないけど、頼む、お前の力を貸してくれ」
『え、え!?』
そう言って零は頭を下げた。
普段の零ならあり得ない事だ。確かにお願いとかはされるが、頭を下げてまではしたことが無い、というよりかは零は絶対にレリシーにだけにはしない。何故なら例が頭を下げた時点でレリシーにからかわれるのは目に見えていたからだ。
が、しかし今は非常事態、そんな私情を入れていては前途多難になってしまうので仕方なく頭を下げたのだ。けど心の中では真面目に頭を下げたほうがいいなという気持ちもあった。
もちろん、そんな事をつゆ知らずのレリシーは、体をもじもじさせながら、少し頬を赤く染めて、小声で言った。
『わ、分かりましたよ。だから、その、頭を上げてください。私たちの中ではそういうことは無しにしましょう。なんだが、その、気まずくなってきますし』
「レリシー……お前そんな事を言うようになったんだな。お前もしっかり成長しているじゃないか……ってレリシー?」
零が余計な所まで言っていると、レリシーのあまりにも怖すぎる顔つき、例えで言うならば大仏みたいな顔になっていた。
そして何とも言えない座った目つきでじっと見つめてくるものだから、零は恐る恐る確認をとってみた。
「レリシー? 俺なんか言ったか……?」
『もう! 零様のバカ! 最後の一言いりませんよ!』
「あ、あぁ。すまなかったな……ん?」
零は何かの気配、個別の情報体が茂みの奥で動いているのを観て周囲を見渡した。
先ほどから動物などが周囲を動いているのは察知していたが、人っぽい、他の生物とは桁違いの情報量の多い何かを感知したのは初めてだ。
不思議な事に、距離は結構近いのに、足音が全く聞こえない。まるで訓練されつくされた軍人スパイを相手している様な感じだ。
数は二つ、しかもこちらに向かってきている。
「(……どうする。今会敵してしまうと今後のコミュニケーションに影響するぞ。けど人里(?)の場所を把握するためにも、何かしらのやり取りは必要か……くっ!
考えろ、今最もすべき事は何だ。状況を整理し、周囲を確認し、正確な情報を手にするにはどうすればいい。最悪の事態に備えるために保険はどうする。くそ! 時間が足りない!)」
しかし時間は止まらない。刻々とその時は近づいてくる。
茂みから足と葉っぱが擦れている時に聞くような音が近づいてくる。
こちらからも目視できる距離まで来て、零は覚悟を決めた。
そして、
ズドンッッッッッッッッッッッッッ?!?! と、まるで巨人が空から降って来たような音を立てながら、零と二つの影の間に何かが落ちてきた。落ちてきた衝撃で舞い上がった砂ぼこりで視界は捕れないが、零の情報を観る目には、落ちてきたそれが、人の形をしていたのは解った。
零は慌てて近くの草むらに隠れて、気休め程度だが様子を窺うことにした。
直後、土煙が不自然なほど一気に晴れた。
現れたのは三つの影。そのうち二つは先ほどまで零が観ていた影だ。
姿は零の予想通り、人類とうり二つだった。臓器などの位置が違ったりはしていたが。服は独特な格好をしており、まるで中世のヨーロッパを見ているような容赦だった。
二つの影は、何かが落ちて来た事に慌てているのか、口を早く動かしてこう述べた。
「dgfiefkjdbcjkbskvfkk bsdzbvlncDJldnvjkbbc bfcjnkvlifclwcbkfvlwfkjrlbfbv!」
言葉がめちゃくちゃだった。零が知っているどの国の、どの文化の言葉かすら分からなかった。しかし、新人類(仮)が生まれたのだから、言葉が理解不能でも、零はさほど驚かなかった。
ただ、鎧っぽい物と剣を身に着けている時点でまずい人物に会ってしまったのは悟ったが。
そしてもう一つの影は、 黒いドレスのような鎧を着た少女だった。ただしこちらは零や先ほどの二つの影とは違って、情報が読み取れなかった。例えで言うなら、常に変化し続ける乱数みたいな感じだ。
黒いドレスのような鎧を着たその少女は、夜のように黒く長い髪を靡なびかせながら周囲を見渡し、新人類(仮)が武器を構えているのを見て、日本語でこう呟いた。
「また、貴様らか。せいぜい懲りない奴らだな」
直後、暴力の嵐を新人類(仮)の二人組を襲った。