1-3 『役者は揃った』
白色に統一され、光源がどこにあるのかも分からない長い通路を、かつんこつんと音が響く。零はてっきりもう使われていない通路だがら、埃とか塵類のゴミは落ちていないのかなと思っていたが、どうやら見当違いで結構汚れていた。ただし埃とかではなく、土が落ちていたが。
「まったく、汚くしたら綺麗にしなさいって習わなかったのかな?」
零は頭をポリポリと掻きながら、まるで家に帰ってきた子供が泥んこで困っている母親のような顔をしていた。
掃除好き、というよりかは一種の潔癖症である零は、この有り様を見て、変なスイッチが入ってしまったようだ。これは良い事なのか悪い事なのか、それは第三者が知る由もなかったが。
『いや零様、そこはツッコんではいけませんよね? 相手は猿人ですよ? そんな相手が掃除などというクソ行為をするはずがないじゃないですかー』
「おいレリシー。お前今掃除の事を馬鹿にしたな……?」
零はゴキゴキと手を鳴らしながら、コンタクトレンズ(別に目が悪い訳ではない)の画面越しに立体画像として見えているレリシーを今にも殴りそうな顔で見つめる。もっとも、零には見えているだけでそこには存在しないので殴ろうにも殴れないのだが、そうでもしておかないと気が済まないのだ。
自分の身が安全だと分かっていても、ほんとに殴られそうになる錯覚を感じたレリシーはちょっと泣き目立った。
『うぅ……。ごめんなさい』
「はぁ、別にいいよ。そこまで怒る気はないし。それよりほらそろそろ出口だぜ。やっと外に出れるぞ」
零は通路の奥を見つめながら、静かにそう呟いた。
長い通路の先から自然の光と思われる暖かい光が差し込んできており、とても懐かしい感触を味わっている。
零は走って外に向かっていく。
別に大した理由なんてない。ただ、自分がそうすべきだと感じた、いや、そうすべきだと体が、魂が勝手に反応する。
長く感じた通路を抜け、零は実に4000万年ぶりに太陽の下に立った。
見えたきたのは、薄青色の空、白い雲、山の頂から上ってくる太陽。
「(ああ! なんて太陽はこんなに素晴らしいのだろうか!)」
零が両手を広げ、心の中でそう叫んだ瞬間、悲劇は訪れた。
外に出た瞬間、そこは崖だった。どうやら出口の手前が地殻変動か何かの影響により、このような位置になってしまったのだろう。第一に、通路の奥から自然の光が差し込んでくること自体が不自然だったのだが、気が付いた時にはもう遅い。
「『あ——』」
零とレリシーは同時に呟いた。どうやら神様は、最後の一言ぐらいは言わせてくれたようだ。
直後、零の体は地球の重力により、自由落下運動を開始し、森の中へと吸い込まれていく。
「ぎぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーッ!?!?」
零はとりあえず全力で叫んでおくことにした。
まさかその悲鳴が第三者に聞こえていたなんて思ってもいなかったが。
*
「ふーふふん。ふーふふん。ふーふーふーん」
と、その少女は幸せそうに鼻歌を歌いながら森の中をを歩いていた。年頃は十六、七歳ぐらいだろう。旧人類からの視線で見るとナイスバディの持ち主だが、今どきの世界ではもっと慎ましい、控えめな体形が好みにされているので、体形はその少女にとってマイナスポイントと化していたが。
まだ早い時間帯ので森の中には霧が少し発生して視界が悪いため、少女は一枚のカードを取り出し、カードに魔力を注入、呪文と唱え、術を発動する。
次の瞬間、少女の周りに半円球型の風の障壁が形成され、周囲の霧が晴れていく。
「うん! これで良し!」
少女は得意げな顔をして漫画みたいに腕を組んでうんうんと頷く。
と、少女は何かに気が付いたようで、辺りを見渡す。
「にしても、やっぱり今日は精霊の様子がおかしいような——ま、いっか。様子がおかしくなることは偶にあるし——ん?」
ぎぁぁぁぁぁぁぁ!? と、どこからか悲鳴みたいな声が聞こえたような気がしたのだが、こんな所に人が来るはずがないから気のせいだよね……? と当たり前の解釈をして目的地に向かって再び歩き出した。
これは余談だが、少女が目的地に着いた時には、目的地が半分以上が跡形もなく綺麗さっぱり消滅していた、というオチが待っているのだが、それはまた後のお話し。
*
そしてそれから数分経った時、森の中で一つの爆発があった。そしてその爆心地に一人の少女が空から舞い降りる。
黒いドレスのような鎧を着たその少女は、夜のように黒く長い髪を靡なびかせながら周囲を見渡した。
あるのは無、全てを破壊し終わった後、焼け野原、そんな言葉が相応しい風景だった。
「……またか」
見慣れた光景に少女はため息をついた。これで何回目なのだろうか。もう数えるのが止めてしまうほどの回数を繰り返してきた風景。ある時は人が襲ってくることもあった。最初は迎撃するのに躊躇いはあった。けど、今となってはそんな感情はもう無くなった。この世の全てが敵。味方など、この世界に味方など誰もいない。
「……分かっているさ。分かっているとも……ッ」
少女は自然と自分の胸に手を置いて強く握った。
いつもこうだ。自分が一人だということを自覚してしまうとなんだか胸が苦しくなってくる。まるで今の自分が嫌だと心が訴えてきているような感じだった。
なぜ? と自分の心に問いてみても答えは返ってこない。解るのは自分はこの状況をどうにかして打破したい、と余りにも抽象的な答えだった。
分からない、解らない、判らない。
そんな答えが少女を埋め尽くしていく。
「まぁ、よい。とりあえずここから移動することから始めるか」
しかしそんな答えが出ない問題に時間をかけてはいられない、そう考えた少女は早速行動に移る。
直後、ぎぁぁぁぁぁぁぁ!? と、悲鳴みたいな声が聞こえて思わず聞こえた方向に向いてしまった。
「……むぅ?」
その少女は声が聞こえた方向をしばし見つめて後、腹を抑えて何か考えをして何かを決心し、声が聞こえた方向へと歩き出した。
最後にある言葉を呟いて。
「……おなかすいた」
かつてこの世界には一つの技術が存在した。
『能力』と呼ばれた常識を逸脱した、しかしこの世界の定理に従っているその力は、一度世界を壊しかけ、その後世界を守るために使われた。
けど、その力では世界を守れず、侵略者を防ぎることができなかった。
世界は崩壊し、その世界を席巻していた一つの種族は消滅した。
そして4000万年経った今、新しい種族、しかし過去の種族とうり二つの種族が生まれた。
新しい種族は不思議な力、魔術という名の力を手にし、それが世界の中心、世界の核となった。
『能力』と『魔術』。かつて世界を支配した種族と新しく世界を支配した種族。必然が偶然か、似たような種族で似たような力を持っていたその種族達は、ついにこの世界、この時代で対面する。
役者は揃った、カードも切った、ステージは整った。
さぁ始めよう。混沌とした永遠なる幻想を。