1-2 『始まりの駆動音』
少年が目覚めると、いや意識が覚めるとそこは暗闇に包まれた部屋ではなく空間だった。
暗闇の中に幾つかの青白く光るラインが見受けられるが、それ以外は特に何も無い。ただ、自分の後ろに何か巨大な物があるのは、静かに鳴る駆動音で何となく予想がついた。
さて、ここで一つ疑問が生まれた。
なぜ、自分はここに居るか、ここは何処か、といった基本的な事だが、不安材料には適材だった。
「(確か俺は沖縄の最前線基地で防衛任務にあたっていて……ってあれ? それじゃここは何処だ? 沖縄にこんな所は無いぞ。だとすれば県外か。でも何故……)」
いつもならもっと素早く脳が働くはずだが、何故か今日は脳の計算処理が非常に遅い。それに記憶も曖昧だ。まるで一週間不眠不休で勉強して試験に挑んでいるような感じだった。
こんな事を考えていても何も始まらないと思った少年は状況を把握するために体を起こそうとしたら急に体が前のめりになって地面に叩きつけられた。運が良いことに、地面に手が付く直前に条件反射で受け身の体勢をとることに成功したため、軽い痛みだけで済んだ。
どうやら少年は床と平行ではなく垂直に置かれたカプセルみたいなところに寝かされいたようだ。それに、倒れた所は床ではなく、金網が敷いてあるコンソールへの連絡橋のようだ。下を見ると、どこまでも続く闇だけが広がっていた。
そんなことより体を起こそうとすると、まるで上にタイヤが乗っている様な体の重さを感じながらも、どうにか通路の横に取り付けられていた手摺にしがみ付いて立ち上がった。
動かしてみた所、どうやら筋肉が固まって動かないといった事態ではなく、ただ単に使っていなかった所をいきなり使った為の神経に負荷がかかっているようだと、少年は推測した。
「くそっ、この様子だと俺は結構な間寝ていたことになるぞ。……まて、寝ていた? 俺が病気でも植物人間にでもなるほどの怪我をするなんてまず無いぞ? てことは……」
少年は慌てて後ろを、いや、カプセルのさらに奥に存在した高さなど見ても分からないほどの巨大な装置を。
いくつもの配線やパイプ、無数の電子的な光を発し、所々にはおそらくメンテナンス用に使われていたタッチパネルが今なお青白い光を出していた。そして特徴的なのはその配線やパイプがバラバラではなく一つのところに集結していた所だ。
つまり、少年が今の今まで寝ていたカプセルにだ。
その光景は一度見た事がある。
「『半永久的人体冷却装置』……?」
少年は思わずそう呟いてしまった。
エネルギー保存の法則を応用した『半永続動力変化装置』を基に、人体をその名の通り半永久的に生きたまま保存できるこの装置は、日本国の極秘研究対象であり、戦争の最悪の展開になった時のプロジェクトとして『人類保存計画』の中核を担う装置である。つまりこのの中にいたという事は……
「……まさか」
少年は自分の体に鞭を叩き、必死にコンソールへと向かった。
途中何度か転びながらもどうにか連絡橋を渡った先にあるコンソールにたどり着いた。
そして少年はコンソールに向かって怒鳴りつけた。
「おいレリシー! いるならさっさと起きろ!」
返事はすぐに来た。
『あ! やっと起きたんですね。てっきりもう死んだかと思いましたよ』
「人を勝手に殺すな。レリシー」
と、金髪のツインテールを振りながら、いつもニコニコ笑顔がモットーである電子少女レリシー、正式名称はコード1592『Race Link system』、いわばサポートAIであるレリシーはニコニコしながらそう答えた。
少年とレリシーの付き合いは以外と長い。少年が8歳の時からの付き合いというのもあって、ある意味、親のいなかった少年にとっては家族同然と言っても過言でもない。
あった頃の事を思い出していると、レリシーがなぜか顔を熟したトマトの様に真っ赤にしながら、ボソボソと言ってきた。
『それより零様。とっても、とぉぉぉても、大事な話があるのですが……その前に一つお願いしても宜しいでしょうか?』
「? なんだよ」
レリシーは零に指を指して……具体的には零の股間辺りを指して、こう言った。
『とりあえず、服、着てもらえますか?』
「あ」
そう、零は全裸だったのだ。
数分後
「んで、とっても重要な話って何なんだよ。……まぁ、大体の予想はついているが……」
『おっといけませんでした。零様が裸だったものですから、ついつい忘れてしまっていました』
「え、なに? お前筋肉フェチだったのか……?」
『ちっ、違います!!』
レリシーは顔を真っ赤に染めながら怒って来たので、零ははいはいと流すことにした。昔からレリシーは感情が表に出やすいタイプなので、こんなやり取りは今までに何度もしてきた。
ちなみに零は今全裸ではなく、昔から愛着していた黒のTシャツに黒のズボンを着ている。上下合わせて税込み1050円(消費税8%込み)の安物だ。昔はこれを着ていて馬鹿にされたことがあって落ち込んだ時もあったが、まぁ着慣れた服の方が動きやすいと割り切っていた。
「……それじゃあ、やっぱり人類は。」
『はい。零様のご推察の通り、人類は4000万年前に人工知能により事実上絶滅、というよりかは消滅したと思われます。ただ、私が活動停止する前に確認してる限りでは、地下都市が完成しているところがいくつか在りましたので生き残りがいないという可能性はゼロではありませんが、こちらから確認しないとこれについてはなんとも……』
「……そう、か」
零は壁に背中を預けながら上を眺めていた。
本来の彼ならやり場のない怒りを壁にぶつけていたことだろうが、何故かそんな気になれなかった。いや、そんな感情を彼は忘れてしまっている。
もちろん彼自身は違和感を感じるだけそれ以外は何も思わない。
記憶消失、とまではいかないだろうが、一部脳に支障をきたしているのだろうとレリシーはそう結論つけた。
『(記憶障害の原因はもちろん半永久的人体冷却装置、ですよね。あの装置の原理としては、神経を全て絶対零度まで冷やす必要がありますからね。脳神経まで凍らせてしまうので、そうなったら脳神経が異常をきたしてもおかしくないですよね……)』
「ん、どうしたんだ? そんな険しそうな顔をして」
『へ!? え、その、ちょっと考え事を……』
「そっか。ならいいけど、困った事があったらいつでも言えよ。協力してやるからな」
そのあたりの感情というか性格は残っていてよかったとレリシーは心の中で安堵をついた。
「さてと、とりあえずここから動かないとな。そうじゃないと飢え死にしちまうからな」
『そうですね。このままだった零様とお釈迦になってしまいます。それは死んでも嫌ですからね』
「よし、ならお前おいていくからな」
『ごめんなさいイイスギマシター』
「棒読みだけど……ま、いいか。ほらさっさと行くぞー」
*
半永久的人体冷却装置 があった部屋から出て数分歩いたところで零は急に足を止めた。
レリシーがこの施設(?)のサーバーから見取り図を取り出してきたので、それをありがたく(ただし形だけ)受け取り、コンタクトレンズについているモニターから映し出されている空間ウインドウにマップを展開していたので、出口の位置はすぐに分かったが、外に出る前に装備を一式揃えたらどうですか? と言われたので武器保存庫(貯蔵庫ではなく保存庫なのは武器が永久封印されている方が使うのに支障がないと判断したためだ)に向かっている途中だったのだが……
「なんだよ、これ……」
通路には無数の骨となった死体が転がっていた。しかもそれはバラバラに砕け散っており、何とか人として認識できるほどまでになっていた。
が、重要な所はそこではない。
戦闘跡が綺麗すぎる。まるで素手で戦闘した後のような綺麗さだった。普通だったら銃弾の後や爆発跡があってもおかしくないだ。一部例外として毒ガスや神経ガスを使ったという線はあるが……
零は死体の一つの覗き込み、胸骨辺りを触れた。
「レリシー、この胸骨を貫いた跡、なんかおかしくないか? 傷口が汚い、というか何かゴリゴリした物で貫かれたような跡、と言えばいいのかもしれないけど……何かわかるか?」
『多分これは矢じりで突き刺した跡でしょうね』
「矢尻? なんでそんな物が」
あまりにも原始的すぎる、殺すなり捕まえるなりするならば、もっといい武器の方が効率は良いはずだが、と零は少し首を傾けた。
『零様、少し離れてもらえますか。分かりやすくするので』
「ああ、頼む。今の俺には目で観る事もできないからな」
零はそう言うと、数歩下がって、通路全体が視野の中に納まる位置に立った。
直後、零の目に映るもの全てがスキャンされ、立体画像として映し出される。
骨の骨格から体形と体勢をを読み取った必要最低限の事だが、情報を手に入れるだけなら十分だった。
「ん? なんだこれは?」
その風景に零は疑問を持たざるをえなかった。
人が映っているのは当たり前だが、明らかに人でない物が映っていた。
人のような姿をしていたが、どちらかというと猿の方に近い姿、いわゆる猿人に似た姿をしていた。
猿人、そのワードが出てきてやっとすべてが理解できた。
「歴史の逆再生? ちがうな、新たな人類が生まれたってていうのか? いや、でも、意図的に作られたという可能性もあるが……それは無いか。明らかに死体がここから人が居なくなってから随分後に来たものだろうからな。恐らく1000……いや1500年前、と言ったところか。けど、どうしてこんなところに……?」
『もしもしー零様? どんどん自分の世界に入っていますよー』
いつもの癖ですね、とレリシーは後付けをして、苦笑いをした。
零は昔から考え事を始めると周りに意識がいかなくなり、気が付いたら朝になっていた、ということはよくあった。
零はレリシーの声を聴いて、慌てて思考を止め、話題を無理やりそらした。
「これである程度の情報が手に入ったな。恐らく外の世界には俺たちとは別系統の人類が存在する可能性がある。もっとも、その人類が俺たちにとって敵か味方かは、会ってみないと解らないがな」
『どちらかというと、敵になりそうですけどね。主に言葉の違いで』
零はそうだなと呟いて、死体を物質移動能力で通路の両脇に寄せると、武器保管庫に向かった。
『ところで零様。武器は何を使うのですか? やはり拳銃型AECをお使いに?』
「いや、それはもう使わない。俺には、もう必要ないと思っているからな。使うのはリング型だ」
『リング型、ですか? 能力発動地点用ではなく、能力の演算補助用ですか。なるほど、確かにそちらの方が良いかもしれませんね』
能力の発動には二つの過程が存在する。
一つ目は能力演算だ。能力はこの世界を一つの情報と定理し、世界を改変する。そのために世界という名の基盤情報体、いわゆるメインコンピューターにアクセスるためのアクセスコードに演算能力が必要になってくる。能力分類の得意不得意にはパーソナリティーが関わってくるが、例えで言うならば能力者は一般人に比べてアクセス権限が高い、といった感じだ。
二つ目は能力発動地点だ。これについては簡単で、どこの地点で能力を発動をするかを設定する、といったものだ。例えば、『火を手から出す』といった課程ならば、まず火を出す方程式を設定し、次に火を出す座標を決めて、基盤情報体に上書きする。そしてやっと、『火を手から出す』といった一連の過程が完成する。もっとも、これが得意分野だったら一秒未満で発動できるのだが。
零は今、脳に負傷を負っているので、演算能力が普段より衰えているので、外部から演算の補助が必要になってくる。そのためのAECだ。
「ま、精度よりも必要な時に使えるようにしていた方が自分の身を守るには有効的だしな」
『その前にさっさとAECの調整だけすましましょう。死んでもらったらこちらも目覚めが悪いですからね』
「なら、お前も少し手伝えよ」
『わかっていますよ』
零は面倒臭いなと心の中で思いながら歩いて行った。