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風を生む巨樹

 アルジャーはまず、村の大まかな作りと主立った施設を案内してくれた。

 職業などによって場所が決まっていたり、エパーヤに使う色が決まっていたりするらしい。

 長の家は金。医者や薬師、産婆の家は白。戦士の詰め所や武具職人が暮らすエパーヤは赤。商いをする者は青。長のエパーヤを中心に白と赤と青、三色のエパーヤが軒を連ねており、その外側に一般の家族が住むエパーヤが囲んでいる。その中でも戦士が暮らすエパーヤは外側、戦士のいないエパーヤは内側に建っている。


 ルマナ族は足が速く身体能力の高い一族だが、何日もかかるような遠出や戦の時には、山に強い角英馬という動物を使うこともある。額に二本の角を生やした足腰の頑丈な馬で、平地のシェン族が使う馬に比べると一回り大きい。その体格の割に高い機動力と持久力を持ち、山や森の中を巧みに駆け抜ける。その上、主を見分け、言葉を聞き分ける賢い生き物で、ルマナ族にとっては家族も同然の存在だ。

 その用途から、主に使うのは戦士か商人であるため、村の外側に厩舎用のエパーヤが設けられている。その隣に戦士たちが集まって訓練をするために均された広い空き地がある。


 そこまで見て回って、ふと気になったことがあった。

「十日後に守り神の大祭が行われると聞いたのですが、長のエパーヤの前に立つ木塔で行うのですか?」

「我らが風の守り神のご神体は、村から少し離れたところにありましてな。毎年そこに集まって大祭を行います」

「冬は下山するのでしょう? その時はどうされるのですか?」

「その際は木塔を代わりのご神体としてお連れします。清浄な風を好む神で、近くで毎日騒がれるのは好ましくないそうなのですよ。それとは逆に、祭りは派手を好みまして、大祭の間はとにかく大賑わいです」

 なんとも気難しい守り神だ。支族の生活に寄り添い見守ってくれるフーロウの石の守り神とはまた違うらしい。


 守り神の気質は、そのまま支族の気質に影響されるのかもしれない。

 穏やかな石の守り神と、忍耐強さを持つフーロウ支族。

 気まぐれな風の守り神と、気性の激しいオルムト。


(ラウラとルルウに限って言えば違うのかも……)

 と、隣を楽しげに歩く風の双子を見て思った。

 風の名を持つ二人は、フーロウの中でも飛び抜けて行動力があり、感情豊かで跳ね返りだ。もしかしたら、オルムトの気風と合うのかもしれない。


「よかったら、ご神体を見て行かれますかな?」

 アルジャーが提案してきた。

 シャンテは首を横に振った。

「アルシードに、村の外には出るなと言われています」

 可能なら先にご挨拶をと思うが、つい先ほど怒らせてしまったばかりだ。そう思って固辞したが、アルジャーは冗談めかして言った。

「そう気を遣ってやることはない。むしろ夫には遣わせなさい」

「しかし私は、フーロウとオルムトの和平のために嫁いだ身です。今でもこうして我が儘を聞いていただいたのに、これ以上は……」


「では、闘神殿は我らが戦神がお嫌いかな?」


 正面からはっきりと問われて、シャンテは束の間考え込んだ。

「……嫌い、という感情ではないと思います。命を奪おうと幾度となく戦った相手ではありますが。……少し不謹慎なことを言うと、全力で戦える相手であることが嬉しかった、という気持ちがありました」

 子供の頃に憧れた歴戦の戦士が相手だからか、シャンテは素直に心の内を吐露していた。

 アルジャーは笑みを深くして言った。

「戦士というものは、少なからずそういう生き物です。そしてそれは、我らが長も同じこと。あなたは夫の後ろで待つ妻ではない。戦神と共に立つ闘神です。どうかそのことをお忘れなさいますな」

「ありがとうございます。……欲を言えば、あなたとも一戦交えてみたかった」

「とんでもない! たとえ儂の全盛期であってもあなたには敵いますまい!」

 思い切って言ってみたが、アルジャーは笑って応えてくれた。


 結局、アルジャーの勧めもあって、シャンテと風の双子は、村の外にあるという守り神の祭壇へ足を運んだ。

 村の入り口で止められたが、アルジャーの口添えですぐに村の外へ出ることができた。


 村はなだらかな地形にあるが、そこから北東に向かうと北の山に続く上り坂に当たる。逆に村の南側に行くと、山から谷底へ下りる道が続いていた。

 上り坂はかなり急な道で、村のある所と上とでは崖がそびえるくらいに高さが異なる。ただ、南向きで日当たりがいいためか、草木が生い茂っている。


 登り切ると、一面草原が広がっていた。

 所々に色とりどりの花が咲き、草原の中央に遠目でもわかるほどに巨木がどっしりと根を張っている。風が吹くと草原がなびき、巨木がざざぁっと音を立てる。


 狭い渓谷にあるフーロウではまず見られない開放的な景色だ。「向こうは崖になっています。危ないので近づかないように」とアルジャーは言うが、どこまでも草原が続いているようにしか見えない。


 巨木の手前に石造りの祭壇と舞台が扇状に広がり、脇にエパーヤがいくつか建っている。祭壇の上で、薄い生地を何枚も重ねた独特な衣装に身を包んだ少女たちが踊ったり、エパーヤと舞台を行き来したりしていた。

「大祭で披露される舞の稽古中ですな。当日は五穀豊穣や戦勝祈願、祈祷など様々な意味を持つ舞がいくつも披露されます。今回は長と闘神殿の婚礼祝いも含まれますな。夏のオルムトは長のいる集落とは別に複数の集落に分かれて暮らしているのですが、それぞれの集落の代表の舞手が大祭で舞を競い合うのですよ。……今はちょうど、大祭の鳳を飾る風の舞の稽古のようですな」

 踊り終えた少女が、巨木と客席側に一礼する。舞台の手前に立っていた老女と何かを話した後、エパーヤへ戻っていった。入れ替わりに三人の少女がエパーヤから出てきて舞台に上がり、舞い始める。


「行きましょう」

 アルジャーについて舞台に近づく。

 客席の前に立つ老女は、背筋を伸ばし、厳しい表情で少女たちの舞を見つめている。

「マサラや」

 アルジャーがそっと呼びかけた。振り返った老女はさらに目つきを険しくして、シャンテたちを睨んだ。

「聖なる祭壇に無遠慮に近づくとは何事ですか。アルジャー」

「今の儂は案内役だ」

 女性の物言いに、アルジャーは苦笑してシャンテに紹介した。

「紹介しましょう。こちらはオルムトの守り神に仕える巫女頭のマサラ。マサラ、こちらの方は先日長の元へ嫁がれたフーロウの闘神、シャンテ殿。それに従者のラウラとルルウだ」

 紹介を受けると、マサラは少し目元を緩めた。だが口元はぎゅっと結ばれている。

「お初にお目にかかります。シャンテ様。オルムトへ、ようこそいらっしゃいました」

「初めまして。十日後の大祭ではお世話になります。もしご迷惑でなければ、見学をさせていただいてもよろしいでしょうか」

「構いませんが、祭壇には上がらないでください。大祭前の準備で私共も忙しい。邪魔をしない限りは、そちらに座って見学されるとよろしいでしょう」

 それだけ言うと、マサラはまたすぐに舞台に顔を戻して、少女たちの舞を指導し始めた。


 少し離れた所で座ってから、アルジャーは申し訳なさそうに言った。

「マサラは役職上、大祭を取り仕切っているのです。普段は来客に対しあのような態度はとらないのですが、何分大祭が迫って、気が立っておるのです。許してくだされ」

「とんでもない。突然お邪魔しているのはこちらですから」

「そう言ってもらえるとありがたい。祭壇の奥に立つ大きな木がオルムトの守り神のご神体です。後で挨拶して行かれるとよい」

「立派なご神木ですね。そうさせていただきます」


 無数の葉や梢が風に揺れて音を立てる様子は、まさに巨木の中に潜む巨鳥が身震いをし、風を生み出しているかのようだ。

 吹きつける風に身を震わせて、ラウラとルルウが不安そうに言った。

「姫様。オルムトの守り神は恐ろしい神なのでしょうか」

「姫様。オルムトの守り神は我らを受け入れてくださるのでしょうか」

 その支族の守り神に祝福されて初めて、支族の一員として認められる。守り神に認められなければ、最悪、支族から追放されることもある。別の支族から来た身として、一番に考えてしまうことだ。

「大丈夫。きっと受け入れてくださるよ」

 シャンテは安心させるように答えた。心の中で、少なくともラウラとルルウは。と呟きながら。

 オルムトの守り神が、敵対する支族として何度もオルムトと戦い、オルムトの戦士たちの命を奪ってきたシャンテを受け入れてくれるかどうかは、シャンテにはわからない。願わくば、と祈るしかない。


 季節や形式は異なるが、どの支族でも守り神の大祭がある。

 オルムトは春。フーロウは夏だ。

 そこで共通しているのは、大祭の最後には必ず守り神を祭る舞が奉納されることだ。オルムトでは風の舞と呼ぶらしい。支族の中で最も舞の美しい娘が選ばれる名誉ある役目だ。

 若い頃はマサラが風の舞を何年も舞ったのですよ、とアルジャーは自慢げに言った。聞けば、二人は夫婦なのだという。


 そのうちに、崖の上にアルシードと火の双子が現れた。

 シャンテを見ると、アルシードは苦虫をかみ潰したような顔をした。

「村の外へは出るなと俺は言ったはずだ」

「それでわざわざ忠告に来たのか? 守り神の祭壇は村内に含まれると思っていた」

 シャンテは素知らぬ顔で返す。二人の間で睨み合いが始まった。

 アルジャーはにやにやと笑いながら成り行きを見守り、マサラは呆気にとられて二人を見比べている。ラウラとルルウはシャンテに加勢すべくアルシードに眼を飛ばしている。火の双子は相変わらず読めない表情で主の後ろに控えているが、「長の無駄足」「それを言うなら取り越し苦労」と、ぼそぼそと会話している。

 アルシードは背後の声を黙殺してシャンテに言った。

「……昼だ。戻るぞ」

 シャンテは首を傾げた。

「私に用事があったんじゃないのか」

 長がそれだけの理由でわざわざ自ら呼びに来るとは思えなかったのでそう尋ねたのだが、アルシードは睨むばかりだ。


 少しのつもりが、長居しすぎたのかもしれない。シャンテはマサラに向き直った。

「マサラ殿。大祭の準備の邪魔をしてすみませんでした。もしよろしければ、またこちらへ、ご挨拶に窺ってもよろしいでしょうか」

「ええ、もちろん構いませんよ」

 老巫女に謝り、オルムトの守り神のご神体に一礼してから、シャンテはアルシードと共に村に戻った。


 アルシードには自分が戦神の妻ではなく、闘神であることを宣言したものの、やはり長の妻となると、やるべきことは山ほどあった。儀式の予行演習もあったし、衣装合わせもしなければならない。


 シャンテは戦装束以外にはとんと気にしないので、どんな色でも柄でも形でも構わなかったのだが、風の双子とオルムトの世話役の女たちは頑として譲らなかった。

「姫様はお美しいので、何を着せても似合います!」

「姫様はお姿が素晴らしいので、どんな衣装でも映えます!」

「シャンテ様は御髪が白いから、白は避けた方がいいかしら」

「でも婚礼衣装は白よ」

「あら、でも誰か、白以外の婚礼衣装を着ていなかったかしら」

 などと、目が回るほどたくさんの色の布地を、ああでもないこうでもないと賑やかに喋りながら取っ替え引っ替えしている。

 それが終わると刺繍糸、装飾品、と次から次へと回っていく。

 もとより意見を挟むつもりがなかったシャンテだが、女性たちの勢いについていけず、途中から疲れてされるがままになってしまった。

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