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婚礼

 シャンテとアルシードの婚礼の宴は、三日間に亘って行われた。

 初日の宴は婚礼の儀式だけが行われた。翌日から三日間が、村の内外に向けて開かれる宴であった。

 前日と午前中に村総出で装飾やご馳走の準備を行い、正午から日暮れまで延々と宴が続く。婚姻の祝いに駆けつけた大勢の客たちが、長のマグ・エパーヤで賑やかに食べたり飲んだりするのだ。それが二日間続くのである。

 その間、主賓であるアルシードとシャンテは、来客の対応に追われ、落ち着く暇は少しもない。


「どうした。食べないのか」

 ひっきりなしに来る客の挨拶が途切れた合間に、上座に並んで座るアルシードが声をかけてきた。

「それとも、オルムトの物は口にしたくもないか」

 この物言いに、シャンテは少しむっとした。

 確かに自分はアルシードとの婚礼を兄の命令で受け入れたし、昨日は怒りの余り儀式の世話をしてくれたオルムトの者たちにも不躾な言動をしてしまった。だが、アルシードにそんな風に挑発的なことを言われる覚えはない。

 表面的にはすました顔で答えた。

「これだけ客が多ければ食べている暇などない。そういうおまえも、三日間酒しか飲んでいないようだが?」

 二人の前には豪華な料理の数々が並べられているが、そのほとんどは手がつけられていない。本当はずっと前から、というよりも三日間ずっと空腹なのだが、二人を祝福に来る客への接待と、少しきつめに着付けられた衣装のせいで、どうにも食べる気にならなかったのだ。


 相当の祝い酒を飲んでいたはずだが、少しも酔っているようには見えないアルシードは、癖なのか鼻を鳴らした。

「今の内に食べておけ。ここでオルムトの料理を食べないとオルムトの女たちを敵に回す」

 アルシードが助言を寄越したことに驚きつつ、シャンテは眼前のご馳走を見て頷いた。

「敵とは大袈裟な……。だがそうだな。忠告に甘えて少し食べておこう」

 外は日暮れが近づいている。マグ・エパーヤの入り口から、村中に篝火を用意する男たちの姿が見える。中にも松明の用意がされていた。

 マグ・エパーヤを見渡せば、まだ大勢客が残っているが、もう新郎新婦に挨拶に来る者はいないようだ。三日目の夕方に来て、シャンテはようやくご馳走に手を伸ばした。


 フーロウがある谷とオルムトのある高原では採れる物も異なる。中にはフーロウの食卓にはあまり上らない野菜や果物もあった。肉も単に焼いただけではなく、野菜やソースの付け合わせもあって、見た目にも味にも楽しみがある。味付けはオルムトの方が少し濃い。しかし一口食べる度に食欲が沸くほど美味しかった。


「なんだ?」

 シャンテが食べているところを、アルシードがまじまじと見ていた。気になって言うと、アルシードは「いや……」と言って目をそらし、自分も料理を食べ始めた。

「そういえば、火の双子を見ないな」

「カルシェンとクムシェンなら、竜巻娘どもについている」

「竜巻娘? ああ、ラウラとルルウか」

 威勢のいい啖呵を切った二人を、アルシードは竜巻のようだと思ったらしい。

「大事な席で粗相をされてはかなわんからな」

「それは……、お気遣い、感謝する」

 無用な心配と言い切れないところが、風の双子にはある。フーロウでもそそっかしいことをしては、よく父親や長の世話役に怒られていた。


 気遣ったつもりはない、とアルシードは言うが、もし風の双子が何か失敗すれば、主人であるシャンテの評判に響く。それはそのまま夫であるアルシードへと直結しかねない。それを思っての配慮であることは明かだ。それに、初めての土地、慣れない場所での仕事だ。便宜を図る意味合いもあるはずだ。

 フーロウの長から押しつけられたものであり、アルシードにとっては迷惑でしかない今回の婚礼だが、それだけの配慮をしてもらえることに、シャンテは頭が下がった。


 松明に火が灯り、日が落ち始めた頃、思いもよらない来客があった。

 急に外の人の気配が強くなった。一人二人ではない。それに、どちらかというと喜びではなく緊迫した雰囲気が濃い。

 マグ・エパーヤにいる人々も、それに気づいて外を気にし始めた。間もなくオルムトの戦士がアルシードの元へ来て耳打ちをした。

「本人に間違いないのか」

 アルシードの声は驚きと警戒が含まれていた。

 誰が来ているのか尋ねようとしたが、その前に、マグ・エパーヤの入り口に新たな来客が姿を見せた。

 途端、それまでくつろいで飲んでいたオルムトの人々の間に強い緊張が走る。


「これはこれは……」

 アルシードは立ち上がって来客を見据えた。

 この場でそれが誰であるかわからないのはシャンテだけのようだ。


 来客は全部で八人。その内の六人は戦士で、戦士ではない二人を守るように周りを固めている。

 中央にいる人物がこの一団の主だろう。年は四十半ばほど。顔にも腹にも無駄な贅肉がつき、お世辞にも戦士には見えない。基本的に贅沢や不摂生を好まないルマナ族には珍しい太った男だ。茶色の耳と尾は丸い。それは、フーロウやオルムトよりも奥の山中に暮らすモーグ支族の特徴だった。

 太った男はそれ以上に見た目が異様だった。衣装が隠れてしまうほどたくさんの装飾品を身につけている。下の衣装はおそらくすべて金の糸で織られており、装飾品も、首飾りや指輪、耳飾りなどすべてが金色に光っている。間に宝石も使われているようだが、目も眩むほどの金の中に埋もれて霞んでしまっている。


 金は太陽を表す色。ルマナ族にとって神聖な色だ。

 正装や婚礼などの特別な儀式の時に身につける色で、シャンテとアルシードの白と黒の衣装にも共通して金糸による刺繍が施されている。二人を祝いに訪れた者も皆、大なり小なり金の装飾品を身につけている。

 また、戦いの時にもお守りとして必ず持ち歩く風習がある。邪魔にならない腕輪が多いが、シャンテは愛剣の柄と房に使っていた。

 それでも装飾品なら精々一つだ。逆に、まったく身につけずに儀式に参列した場合は、その儀式に賛同しない、批判するという意味合いを含んでしまうため、忌避される行為である。


 ところがこの男は誰が見ても装飾過多であった。その体型と装飾品の多さからどう見ても金の樽に見えてしまう。周りの戦士たちが引き締まっているだけに、余計に際立っていた。


 男はアルシードには目もくれず、隣に座るシャンテを食い入るように見ていた。

(なんだ?!)

 目が合った瞬間、ぞわりと肌が粟立った。


 戦場で馴染んだ殺気とは異なる気配に、シャンテは反射的に身構えた。男は一見武器を持っていない。周りの戦士たちも警戒だけで戦う気配はない。しかし、その奇妙な感覚はシャンテの心からなかなか消えなかった。


 外の騒がしさが一段と大きくなっている。話を聞きつけた村人や、この場にいない戦士たちが集まってきているのだ。

「これはとんだ珍客が現れたものだな」

 男の視線を断つようにアルシードが鋭い声を上げる。


「我が村に何のようだ。モーグ支族の長エゥモウ」


 シャンテは改めて男を見た。モーグとは何度も戦っているが、その長を見たことは一度もなかった。

 勇猛であることが誇りであるルマナ族にとって、長の強さが支族の強さの象徴でもある。シャンテの兄ムートは剣の腕はなかったが、その聡明な頭脳をもってフーロウを勝利に導いたことで長として認められた。戦神と呼ばれるアルシードは言わずもがな。

 ところが、モーグという支族は、長が戦場にいないことで有名だった。モーグの戦士たちは決して弱くはない。が、強くもない。ムート曰く「小細工で戦を泥沼にするのが得意な支族」で、シャンテもその小細工に幾度となく苦戦した。

 シャンテが闘神を名乗って戦に出るようになってから、フーロウはモーグに負けたことはないが、決定的に勝てたこともない。おそらく、オルムトも同じだろう。

 戦いに出ない理由はその姿を見ればわかる。大きめの衣装を引っ張る腹の張り具合といい、柔らかそうな指や首の肉付きといい、ルマナ族の本質からほど遠い性格と生活を送っているようだ。装飾品を抜きにしても、これだけで眉をひそめるルマナ族は十中八九いるだろう。


「婚儀に来たということは、祝いに来たに決まっておろうが」

 と答えたのは、モーグ支族の長エゥモウに後ろに控えていた小男だ。エゥモウは今アルシードを睨んでいる。その男は祝いに来たと言うが、エゥモウにも後ろの男にもその雰囲気は全くない。

 小男は長とは対照的な風貌だ。背は低く枯れ木のように細く、金の装飾品は一つも身につけていない。痩せこけた顔が、年齢をわかりづらくしているが、声は比較的若そうだ。鍛えていて細身と言うよりは病的な細さで、身長の低さも相まって、エゥモウより二回りも小さく見える。耳と尾の色と形はエゥモウと同じだ。


 痩身の男は、侮辱と狡猾をない交ぜにしたような目と声音を隠そうともせずに言う。

「さすがオルムトの婚儀だな。地味で粗末。形式もなっていない上にルマナ族の威すら感じられん。これが同じルマナ族とは反吐が出る」


 シャンテはしばし呆気にとられて痩身の男を見た。

 結婚は夫の一族一家の威信をかけて行われる。それを、この祝いの場で新郎を貶める発言をしたのだ。しかも戦神と恐れられるアルシードに面と向かって。この男も戦士には見えないが、戦士並みに剛胆なのか、単に戦神の力を侮っているのか。


 いきなり暴言を浴びせられたアルシードは、不敵な笑みに殺気を滲ませていた。

「モーグは兄弟そろって余程命が惜しくないと見える。今この場で俺が貴様らを生かして返すと思っているのか」

「やってみるがよい。わざわざ祝福しに来てやった他支族の長を宴の最中に殺したとあっては、オルムトはルマナ族から永久に追放されるだろう」


 いつの間にか戻った、カルシェンとクムシェンが主の後ろに立って剣に手を伸ばしている。

「姫様!」

 声をそろえて来傍へたのはラウラとルルウだ。両手に料理が盛られた大皿を抱えている。

「曲者ですか!」

「退治いたしましょうか!」

 今にも来客に向かって大皿を投げつけそうな勢いの二人を、シャンテは制した。


 マグ・エパーヤの中は静まりかえり、両隣のエパーヤからも村人や客が顔を覗かせている。全員がオルムトを侮辱するモーグに怒りの目を向けている。モーグの戦士たちも高まる緊張に殺気立っていた。


 一触即発。何かのきっかけですぐ戦場になりそうな様相だ。


 この場を収めるのはアルシードの役目だ。シャンテは成り行きを見守った。

「和睦などと、ルマナ族にあるまじき腰抜けよ。フーロウもオルムトも、やはりただの若造。ルマナの誇りはないな」

「精々村で震えるがいい。モーグの名が消えるのも近い」

「ふん。闘神を手に入れて随分粋がっているな。戦神と煽てられるのも今のうちよ」

「何を勘違いしているのかわからんな。貴様らの首をはねるのは俺一人で十分だ」

「笑止千万。貴様に我ら兄弟の首をはねるなど不可能だ」

 アルシードと痩身の男の舌戦は続く。それを終わらせたのは、エゥモウだった。

「もうよい、エゥダラ。顔合わせは済んだ」

 痩身の男を下がらせ、エゥモウはシャンテに向けて言った。


「フーロウの姫君よ。そなたはフーロウとオルムトの和睦のためにその身を犠牲にさせられたのだ。今は一刻も早く和睦が破られることを願っておられるだろう」


 エゥモウの発言に、オルムトの者たちからどよめきが起こる。

 シャンテは眉をひそめた。しかし自分に話しかけられた以上は、シャンテが応えねばならないだろう。シャンテは立ち上がった。


「此度の和睦はフーロウの長とオルムトの長の間で正式に結ばれたもの。私はその証としてオルムトの長に嫁いだのだ。両支族の平和を望みこそすれ、破られることなどあってはならない」


 背筋を伸ばし、はっきりと通る声で返す。

 エゥモウの顔に不満と憐憫が浮かんだ。

「フーロウの長はいずれ後悔することになるだろう。和睦を結ぶ相手を間違えたことをな」

 それだけ言うと、エゥモウは身を翻し、痩身の男と戦士たちを連れてマグ・エパーヤから出て行ってしまった。


 最後まで、オルムトの長であるアルシードに対して、正式な挨拶も祝辞もなかった。

 外の騒ぎが一段と大きくなるが、次第に遠ざかっていく。どうやら本当に帰ったようだ。

「……なんだったんだ、あれは」

 シャンテは始終呆気にとられてしまった。

「宣戦布告に決まっているだろうが。くだらん」

 アルシードは吐き捨てた。


 大事な婚儀の最後の最後で、場は完全に白けてしまった。

 エゥモウはシャンテとアルシードの婚礼だけでなく、フーロウとオルムトの和睦までも咎めたのだ。シャンテ以上に、アルシードにとって非常に面白くない状況であったろうに、アルシードは手を叩いて注目を集めると、自信のみなぎる表情で声を張った。

「つまらん邪魔が入った。闘神が言った通り、此度の和睦は正式なもの。卑怯者のモーグが何を言おうと揺るぐものではない。さあ! 酒と料理を持ってこい。皆、今日は夜まで盛大に飲み明かしてくれ」

 わっと歓声が上がった。

 これからが宴と言わんばかりに、奥から料理と酒が運ばれてくる。日没とともに終わるはずの宴は、夜遅くまで続けられた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 深夜。

 自分のルィ・エパーヤへ戻るなり、アルシードは舌打ちをした。


 先に戻ったシャンテは、寝支度をして夫が戻るのを待っていた。手伝ってくれた風の双子はすでに新しく与えられたルィ・エパーヤに戻り、寝ているはずだ。


 本来なら妻は戻った夫の着替えを手伝うものだが、隻腕では役に立たないと思い、これまで手伝ったことはない。アルシードも今の所、シャンテにやれとは言わなかった。


「なんのつもりだ、あのタヌキどもは!」

「タヌキというのはエゥモウ殿のことか? それとももう一人の方のことか?」

「他にいるか!」

 つまり、両方と言うことだろう。


 即答してから、アルシードは少し表情を改めた。

「あのくず共と会ったことはないのか」

「覚えている限りではないな」

「……エゥモウはモーグ支族の長。その後ろにくっついていたのが弟のエゥダラだ。年は十ほど離れていたはずだ。あれらはルマナの恥だ。戦士としての誇りもなければ、フーロウの長のような知恵もない。欲に溺れて支族を弱体化させた愚か者だ」

「随分な言われようだな」

「皆同じことを思うだろうよ。フーロウの長からは何も聞いていないのか」

「特には……」

 と言ってから、ふと思い出した。


 アミルタ山脈に住むルマナの支族は現在五つある。普段、あまり交流を持たない支族だが、その長たちが三年に一度集まって会合を開く決まりとなっていた。会場は毎回持ち回りだった。

 フーロウが会場となったのは、シャンテが闘神になる少し前のことで、その時すでにエゥモウはモーグの長であったはずだ。賓客の歓迎に立ち会うよう、当時存命だった父に言いつけられたシャンテは、早く稽古に行きたかったばかりで覚えてはいないが、その時に会っていたかもしれない。

 その次はオルムトで行われ、シャンテも兄の護衛として同行したが、その時も長の顔を見た記憶は無い。

 三回目の時はモーグで行われたが、兄に護衛から外された。会合から戻ってきた兄は「モーグの長は厄介な人物だから、おまえは会わない方がいい。もし今後会う機会があれば必ず他の戦士と共にいろ」とシャンテに言ったことがあった。


 それを話すと、アルシードは嫌悪を浮かべて舌打ちをした。

「この和睦の真の目的はそれか。フーロウの長に面倒事を押しつけられたな」

「兄上の考えがおまえにわかるのか」

「わからないものか。あの男、入って来た時からおまえを見ていただろう。まさか何も気づかなかったのか」

「殺気でもない妙な視線だとは思ったが……」

 するとアルシードは何故かため息をついた。

「闘神であったせいか、誰も教えなかったのか。いずれにせよ、フーロウの長の責任だな」

「兄上に悪い所などない」

 シャンテはむっとして言い返した。アルシードが睨み返す。

「おまえの意思を無視して、よりにもよっておまえの片腕を奪った男に無理矢理嫁がせたのだぞ。文句の一つもないのか」

 そう言われると、シャンテは答えられない。

 和睦のためと己に言い聞かせているものの、未だに兄への怒りが収まったわけではない。その上、妹のように可愛がっていたラウラとルルウも巻き込んだのだ。


 黙り込んだシャンテを見下ろして、アルシードは鼻を鳴らした。

「フーロウの長だけではない。おまえの無自覚も悪い」

「私の? どういう意味だ?」

「教えてやろうか」

 そう言うと、アルシードが突然シャンテの上に覆い被さった。正装の上に装飾品もつけたままだったので、片腕では支えきれず、共に床に倒れてしまう。

「何をする?!」

「夫婦の寝所は夫婦が寝るためと決まっている」

「せめて着替えろ。重い」

「本来は妻がやるものだ。それともフーロウのシュラハディアは剣以外に物も持てんのか」

「そんなことは言っていない。……おまえ、かなり酒臭いぞ」

 アルシードに息を吹きかけられただけで、シャンテまで酔いそうな気がした。


 そういえば、仕切り直された宴の席で、アルシードは昼間とは比にならないほど酒を飲んでいたのを思い出した。この三日間の飲みっぷりを見て、酒には強いのだろうとは思っていたが、いくらでも飲めるというのと酔わないというのは別物らしい。


 酒に酔っているせいだろうか。今のアルシードの雰囲気に慣れない。今まで知っている戦神の姿からは、想像できない受け答えに、シャンテは戸惑うばかりだった。初日の冷淡な態度を思えば、明らかに違う。


 こちらが素なのだろうか。それとも、これが夫婦というものだからなのだろうか。


 数日前まで敵同士であったのに、アルシードはもうシャンテを妻と見なし、敵であった時のことを水に流しているのだろうか。

 たった三日間で、戦場では見たことのないアルシードの顔をいくつ見たか。思えば、戦いの時は互いに一言も喋らないまま一騎打ちに入り込んでいた。まともに喋ったのは、三日前の石塔の上が初めてのように思う。


 凶暴な闘志を剥き出しに、狂ったように剣を振るう戦神。


 アルシードに対する印象はそれだけだった。彼の妻となった今、戦場であの戦神の正面に立つことはもうない。


(当たり前のことだが、敵と夫婦はまったく違うものなのだな)


 これからシャンテは、オルムトの中で闘神と戦神という関係とは異なる関係を結ばなければならないのだ。

 闘神であることは捨てられないが、いつまでも理不尽に強情を張っていては、ここで暮らしていけない。自分の態度一つで、ラウラとルルウにもいらぬ苦労をかけてしまう。


 全身にかかるアルシードの重みが増した。

「ア、アルシード。本当に重い。どいてくれ」

 体を押しても反応がない。顔を覗き込むと、アルシードは目を瞑って安らかな寝息を立てていた。

 シャンテはため息をついた。


 新たな関係を築き上げる前に、酔い潰れた夫の世話をできるようにならねばならないようだ。

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