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フーロウの長

 数年後、オルムトとの戦いで父が戦死した。

 辛くもオルムトを追い払ったフーロウは、次の長を誰にするかで内紛となった。


 長の子は兄とシャンテの二人だけ。正統な後継者である兄を長にという声もあった。しかし大多数はそれを良しとしなかった。父の部下の中で最も実力のある者を、と言う者があれば、実力で言うならばシャンテをと言う者すらいた。


 当時、シャンテはまだ十一歳。その実力は支族に知れ渡っていたが、まだ戦場に立ったことはなかった。

 さすがにそれは却下されたが、長を決めるのに、通常なら一日、長くても十日で終わる所、実に一か月近くもかかった。


 最後に決定づけたのは、兄の固い意志と、シャンテの誓いだった。

 シャンテは兄のために、自ら「クムトア“長の剣”」と名乗った。


 新たな名を名乗るという行為は、戦で武功を重ね、周囲の賛同を得て初めて行えるものだ。それを、シャンテは自らの意志のみで名乗った。しかもまだ初陣を迎えていなかった。

 戦士として恥ずべき行為だと、大人たちに戒められた。自分でも、その自覚はあった。だがそれ以上に、フーロウの戦士たちが兄を認めていないことが、悔しかった。


 大人たちは初め、取り合おうとはしなかった。だから、シャンテは戦士の法に則り決闘する、と宣言した。

 それは、支族で最も強い戦士十人と戦い、勝つことができれば、その主張を無条件で受け入れる、というものだった。山脈で生きるルマナの支族が最も尊重する決闘。

 これにシャンテが勝てば、兄を長にし、クムトアの名を名乗ることを、支族のすべての者が了承したことになる。

 そしてその結果は、誰もがシャンテの勝利しか想像しえなかった。

 故に、大人たちの話し合いの結果、シャンテの名も、兄の長としての才能も、兄とシャンテの武功次第、ということになった。


 だから、シャンテは張り切った。

 暫定的に長となった兄の指揮の下、オルムトと戦い、シェン族と戦い、勝ち続けた。

 それらの戦功に重ね、すでに戦神と呼ばれていた、オルムトの長アルシードと互角に渡り合ったという戦歴は、フーロウの誰もが認める所となった。

 これらの戦で戦士たちを見事に率いた兄も、正式に長と認められた。


 名を、ルマナ・フーロウ・クム・ムート。

 意味は、ルマナ族のフーロウ支族の長ムート。


 以来、フーロウは負け知らずであった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 シャンテは兄の部屋が好きだ。

 ムートはいろいろな意味で変わり者だったが、その最たるものは、敵対すべき相手であるシェン族と交流していたことだ。

 これにはフーロウの戦士たちも年寄りたちもあまり良い顔をしなかった。だが兄の「敵と戦う前に敵を知れ。敵を知る前に己を知れ」という口癖を、シャンテはもっともだと思っていた。

 自分たちがどれほどの戦力を持ち、相手がどんな種族で、どんな戦い方を得意とするのか。それを事前に知ることができたなら、戦いを優位に進めることができる。


 ムートのおかげで、シェン族に対する知識も増えた。

 たとえば、彼らをシェン族と言っているのは、ルフィメア半島に住まうルマナ族、フィズ族、クスィメア族だけだということ。

 彼らは自分たちのことを一つの種族とは考えておらず、あえて言う場合は人間という言葉を使った。

 種族によって敵対するのではなく、国によって自分たちを分類し、敵と味方に分けるのだという。

 国という考え方は理解できなかったが、国が違えば考え方も戦い方も違うということはわかった。人間は誰彼かまわず攻めてくるのではなく、半島の山脈に近い国が攻めてくるのであって、遠い国は攻めてこない。


「兄様。なぜシェン族は同じ種族なのに考え方が違うの?」

 昔そう尋ねたら、ムートは数日前に行商人から新しく入手した本を読みつつ答えてくれた。

「私たちと一緒だよ。同じ種族でも支族同士で戦い合い、同じ支族でも意見は対立する」


 あの時は本棚一つ分の本しかなかったが、数年後には本棚が三つに増えていた。


 ある日、ムートは独り言のように言った。ムートが長となって数か月経った頃のことだ。いつものように兄の自室で、シャンテ以外に人はいなかった。


「人間はとても不思議な生き物だ」


 人間の子供が読むための本だという絵本を読んでいたシャンテは、兄を見上げた。

 兄はいつものように人間の本を広げて読んでいた。人間の字は教わったが、その本の題名は難しくて、シャンテには読めなかった。

「ルマナともクスィメアともフィズとも違う」

「違う種族なのだから、当たり前ではないの?」

「それもあるが、我々三種族には共通点もある。戦になれば全力で戦い、武勇を誇る。自分の剣の腕、弓の腕。一族の名、己の名。それが誇りだ」

 とても当たり前のことを、兄は改めて噛みしめるように言った。

「人間は違う。武勇を持って戦うことが何よりの栄誉というわけではない」

「ではなんのために戦うの?」

「勝つためだ」

 シャンテは首を傾げた。勝つために戦う。それこそ当たり前のことではないか。

 兄の言いたいことを読み取れなかった妹を見て、ムートは本から顔を上げた。

「勝つためならなんでもする、ということだよ。さすがに他国から非難されるようなことはできないが、表だってしない、というだけで、実際はどんなことでも平気でできる」

「たとえば?」

 ムートはすらすらと答えた。

「毒を盛る。自分の手を使わず、相手を言葉巧みに躍らせて敵対者を共倒れさせる。内通者を忍ばせる。暗殺する」

「それは戦士として最低な行為よ。人間はそんな卑怯な生き物なの?」

 シャンテは憤然として言った。

 兄が聞かせてくれる人間の国の営みや絵本を読んで、敵対する相手ではあるが、人間の国に興味を持っていただけに兄の言葉は信じられなかった。

「人間の国の指導者や戦士たちの集団を統治する者は、少なからず兵法というものを学ぶ」

「兄様が本で読んで学んでいたもの?」

「そう。あの中には、相手がどう出て来たらどう戦えばいいのか、自分の戦士たちをどこに配置してどう動かすのか。そういったことが事細かく書かれている。とても興味深いものだ。だがそこに、卑怯な行いは恥ずべきものであるとも書かれている」

「人間は卑怯なことをするのに、それを恥じるの?」

 ムートはまるで矛盾したことを言っている。

 恥じるべき行為と禁じているのならやらなければいいのに、なぜそれをするのか。

「勝つためだ」

 ムートは先程の言葉を繰り返した。

「本来、人間はとても理性的で他者に対しても思いやりのある生き物なのだろう。だがそこに自分の領土や命、財産を脅かす者が現れると豹変する。生き残るために、守るために、自分よりも強い相手に勝つために、必死に考え、対抗する。兵法とは、軍の規律を前提に、勝つための方法として編み出されたものだ。だが戦士ではない者に兵法は関係ない。己の戦力で、己は安全な高みから、己の手を汚さずに済む方法で、確実に勝てる方法で敵を倒す」

 ムートはフーロウの中で一番聡明だ。シャンテはそう思って自慢している。ただ兄の欠点は、聡明すぎて、難しい言葉を難しく言う癖があることだ。

 シャンテには、兄が何を言っているのか、すでにわからなかった。

 生きるために戦うのは当たり前だし、戦士として誇りを持って戦うのも当たり前だ。なのに、人間は自分の身を守るのに卑怯な手を使うという。

 ムートは諭すように優しく言った。

「シャンテ。前提からして、我々と人間は違うんだ。ルマナは太陽と草原の民。生まれながらにして戦士であり、戦士として生きることに誇りを持つ。だが、人間は生まれながらの戦士ではないんだよ。自ら志願して、あるいは強制的に戦士となるのであって、大部分は違う。畑を耕す農民や、物を売る商人、物を作る職人たちなんだ」

「戦士じゃないから、卑怯なことをしてもいいの?」

 こんがらかる頭を必死に整理して辿り着いた妹の言葉に、ムートはそうだとも違うとも言わなかった。ただ、最初と同じ言葉を繰り返して、付け足した。


「人間は不思議な生き物だ。我々よりもずっと複雑で、それ故に、とても手強い」


 ムートは自分が集めた本を眺め、最後にシャンテを見つめて言った。

「シャンテ。我々が戦っているのは、人間なんだ」


 この後、ムートは会議のために兄を呼びに来た戦士と共に部屋を出て行ってしまい、シャンテは兄の言葉の意味を聞くことはできなかった。

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