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フーロウの闘神①

 シャンテはフーロウ支族の長の娘として生まれた。


 正式な名は、ルマナ・フーロウ・クムオリ・シャンテ。

 意味は、ルマナ族のフーロウ支族の長の娘シャンテ。


 ルマナ族はルフィメア半島に住まう三つの種族の一つ。獣の尾と耳を持つ、太陽と草原の民だ。翼を持つ森と月の民クスィメア族と、鱗を持つ海と星辰の民フィズ族と共に、太古の時代からルフィメア半島に暮らしていた。


 ルフィメア半島を含む大陸には、そのほとんどをシェン族という獣の尾と耳も鳥の羽も魚の鰭も持たない種族が生きている。だが、ルフィメア半島にはいなかった。半島周辺の海は荒れ狂う渦が消えることなく、半島と大陸を結ぶ山脈は高く険しく、なんの能力も持たない彼らが踏破するには、あまりにも過酷な世界が行く手を阻んでいたからだ。


 五百年ほど前には、奇跡的に辿り着いたシェン族がルマナ族と共存していたが、シェン族によって三種族の均衡が崩されるに至って、彼らは三種族によって追放された。


 それ以来、海はフィズ族が、半島側の山と森はクスィメア族が、大陸側の山脈はルマナ族が守り、シェン族を寄せ付けない。幾度となくシェン族の国家が攻めて来たが、須らく撃退してきた。


 いつの頃からか、山脈の守護を任されたルマナ族の支族たちは、その使命に命を懸けながら、ルマナ族特有の好戦的な性質から、支族同士で戦うようになった。どの支族が最も使命に忠実か。どの支族が最も誇り高く勇敢なのか。それを証明すべく、支族は対立し始めた。

 シェン族が攻めてくればもちろん撃退する。しかしそれに他の手助けを受けては支族の名折れとして、決して助けを乞うことをしなかった。ゆえに、その支族が壊滅するまで他の支族は手を出さず、シェン族の国家が突破してきたら次の支族が戦う、という戦い方に変遷していった。その歴史の中で失われた支族は多く、消滅し、あるいは淘汰されて、いくつかの支族が台頭していった。


 その中で、最も勢力を振るっていたのが、フーロウ支族とオルムト支族だった。

 両支族は幾度も戦い、長年決着がつくことはなかった。


 その均衡が崩れると思われたのが、天性の武の才能を与えられた戦士の誕生だった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 フーロウでは七歳を過ぎると木刀を与え、十才を過ぎると模擬剣で戦いの訓練をするようになる。その中で、シャンテは五歳になる前から模擬剣を握っていた。


 大人たちがシャンテを特別視したのは、ルマナ族には珍しい色を持って生まれたからだった。ルマナ族の王は金の毛を持ち、多くのルマナ族が金に近い茶色や赤、あるいは黒い毛並を持つ。

 ところが、シャンテは美しい銀の毛並を持って生まれた。雪のように白い髪に、嵐の空を覆う曇天のような瞳、風に揺れる澄み渡った湖のように青みがかった銀色の耳と尾。

 父も母も茶色の毛並を持ち、その祖に銀の毛並を持つ者はいなかった。


 大人たちは、シャンテがただの娘ではないと感じ取った。そしてそれは、シャンテが年を重ねるごとに、明らかとなっていった。

 七歳を超える頃には、大人と互角の剣の腕を持ち、十一歳の時、父が戦死し兄がフーロウの長となる時には、自ら「クムトア“長の剣”」と名乗った。この頃には、彼女には一族の誰一人として勝てなくなっていた。早成のルマナ族の中でも、その成長は特に抜きん出ていた。


 そして十二の年。

 シェン族との初陣にして、シャンテは凄まじい戦いぶりを見せた。たった一人で、戦況を覆すほどの力を見せつけたのだ。いつしか「闘神」と呼ばれて、味方からは称えられ、敵から恐れられた。


 名は改まり、ルマナ・フーロウ・クムトア・シュラハディア・シャンテ。

 意味は、ルマナ族のフーロウ支族の長の剣、闘神シャンテ。


 戦いにおいて、種族の別なく彼女に勝てる者はいなかった。

 同じ年、シャンテは生涯最高の敵と出会った。


 名を、ルマナ・オルムト・クム・アムシャルト・アルシード。

 意味は、ルマナ族のオルムト支族の長、戦神アルシード。


 シャンテよりも六つ年上のこの青年は、この年にシェン族との戦いで戦死した父の後を継ぎ、フーロウの宿敵、オルムトの若き長となった。

 彼はシャンテとは違った意味で、特別な存在だった。

 ルマナ族王家の血筋を引くこともさることながら、戦の天才であった。シャンテは個としての戦闘能力に非凡な才を持っていたが、アルシードは戦を指揮する長として才能を発揮した。それだけではなく、剣の才も持っていた。


 アルシードは、シャンテと初めて互角の戦いを演じた。

 それ以来、戦場で会えば必ず一騎打ちとなり、最後には決着のつかぬまま引き分けとなることが常となった。

 しかしそれも、シャンテが十六歳になるまでだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 子供の頃、シャンテは大人から褒め称えられることが当たり前であった。剣を交えれば誰もが必ず称賛した。シャンテにとって自分の剣の才は当たり前のものだ。赤ん坊が成長すれば立って歩けるようになるのと同じくらい、当たり前のことだった。

 ただ、シャンテが不思議だったのは、彼女の八つ年の離れた兄を誰も褒めないことだった。


 戦いの才能に恵まれていたシャンテは、難しい本を読み、大人にも負けない知識を持つ聡明な兄を尊敬していた。


 ルマナ族は好戦的な種族だが、大きく分けると二種類の性質がある。戦いに秀でた者と、知識欲に秀でた者だ。前者は戦士となり、後者は学者となる。シャンテは前者。兄は典型的な後者だった。


 だがそれは、シェン族の侵入を阻止することを使命とし、支族最強を自負するフーロウにとっては、好ましくない性質だった。

 何よりも、長の子として生まれながら、生まれつき体が弱く、剣を持つことができなかった兄は、フーロウの戦士たちから疎まれてすらいた。


 幼少の頃から体調を崩しては床に臥す兄は、いつも顔色が悪かった。それは病むことのなくなった大人になっても変わらなかった。起きている時よりも寝ていることの方が多い兄を思って、両親は兄に本を与えた。

これが兄の知識欲を掻き立てた。

十を過ぎて病をもらわなくなってからも本を手放すことはなく、それが余計に支族の者たちとの距離を生んでいた。


 おそらく、兄に懐いていたのはシャンテだけだった。村の子供たちでさえ、大人の陰の声を聞き、兄を次の長とは見なしていなかった。


 だから、シャンテは誓った。

 フーロウの守り神の石柱の前で、兄と守り神に誓った。

「兄様は私より頭がいいもの。絶対に長になる。だから、私が兄様の剣になる」


 兄は驚いた顔をした。それから、じっとシャンテを見つめ、真剣な表情で守り神を見上げて言ってくれた。「長になってフーロウを守る」と。


 この約束を、シャンテは生涯忘れたことはない。

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