双子の結婚、その夜① ~闘神と風の双子~
その日の夜、シャンテは自分の寝室に風の双子と一緒にいた。
アルシードは最初に言った条件を、本当に冗談では済まさなかった。
条件はオルムトの戦士たちの前で宣言され、その結末を彼らが見届けた。証人がいる以上、誓いは果たさねばならない。
結果、カルシェンはラウラを、クムシェンはルルウを選び、その日のうちに婚礼を上げてしまったのだ。
この突然の決定に、当然のことながら、両者ともに特別に用意する婚礼服はない。持っている服の中でルマナの正装に近い衣装で代用した。
長に引き続き、護衛の戦士までもが神聖な儀式をないがしろにしていると、オルムトの年配者たちは大いに嘆いていたが、当の本人たちはそれどころではなかった。
火の双子が話しかけると風の双子は無視をする。近づこうとすると歯をむき出して威嚇する。何故か火の双子はさらに近寄り、風の双子がじりじりと後退る。
始終そんな調子だ。結婚式の間もずっとである。喧嘩にはならなかったものの、誰の目から見ても一触即発の状態であった。
「二人とも、本当にこれでよかったのか?」
髪を解いてもらいながら、シャンテは二人に尋ねた。結婚式が済んでしまった後に言うことではないとわかってはいるものの、言わずにはいられなかった。
「いいんです」
「決めたことですから」
後ろから聞こえる二人の声はさっぱりしている。先ほどまでの火の双子に対する態度は、今はない。機嫌は悪くない。どちらかというといい方だろう。
本当ならフーロウの若者と結婚し、家庭を築いていたはずだ。二人はシャンテの輿入れのために、フーロウを出た。主であるシャンテは二人を、二人の両親と長である兄から預かっているのだ。二人の意思がないがしろにされることだけは嫌だった。
覚悟をしたとはいえ、二人の雰囲気を不思議に思って、シャンテは二人に尋ねた。
「二人は、カルシェンとクムシェンのことをどう思っているんだ」
「どうとは」
「どうでしょう?」
「好いているのか嫌いなのか。今まで私は、火の双子に対する悪口ばかり聞いていたから、てっきり嫌っているのかと思っていた」
双子は髪を解く手を止めて、首を傾げた。
「好きかと言われるとわかりませんが」
「嫌いかと言われるとそれも違う気がします」
「そうなのか。カルシェンはラウラを選び、クムシェンはルルウを選んだだろう。二人はそれぞれどうなんだ? 私には見た目以外の見分けがつかないんだが」
髪型と剣の持ち手が違うので、それを揃えられてしまうと、シャンテにはもう見分けられない。ラウラとルルウならば髪型が一緒でも一目でわかる。
二人は顔を反対に傾げて言った。
「二人とも基本的にお節介よね」
「あの余裕顔が腹立つよね」
「カルシェンはすぐからかう」
「クムシェンは皮肉屋」
「それに二人ともたくさんは喋らない」
「無言で横から出てくるからびっくりする」
「でもやっぱりお節介!」
最後は息を揃えて二人は言った。
「つまり、二人は火の双子が嫌いではないということか」
これにも、二人は首を傾げた。
「んー。実はですね」
「告白されたのです」
「誰が、誰に?」
「私たちが」
「カルシェンとクムシェンに」
「いつ?!」
「大祭の時です」
「でも断ったのです」
「なぜならやつらは」
「憎きアルシードの手下だから!」
シャンテには初耳だった。ラウラとルルウは基本的に一日の出来事をシャンテに話す。二人とも隠し事はしないし、あまり得意でもない。その二人が半月以上も黙っていたことに驚いた。
二人は少し申し訳なさそうな顔をした。
「隠していたわけではないのです」
「エフィアの治療や姫様の舞のことで忙しくて忘れていたのです」
「そこで私たちは考えました」
「二人が本気で告白したのか、冗談なのか」
「今日までずっと見定めていたのです」
「その結果、どうやら嘘ではない、と感じました」
「……それで、すんなり結婚話を受けたのか」
二人の告白には驚かされたが、違う視点から考えれば、むしろ火の双子が相手でよかったのかもしれない。
あの試合は各集落の代表が出場していた。火の双子以外の相手に負けていれば、二人はここから出て行かなくてはならなくなる。
その点、一ヶ月経ってアルシードの集落には慣れてきているし、火の双子はアルシードの命令で二人を補佐してくれていた。アルシードの側近中の側近だし、腕はもちろんのこと、人物もある程度は信用できる。
シャンテはごく自然にそう結論づけた。
自分の判断ではなく、アルシードを信頼の基準にしたことには、まったく気づいていなかった。
「姫様はどうなのですか?」
「何がだ?」
「オルムトの長のことです!」
「姫様は、戦神のことをどう思っていらっしゃるのですか?」
「好きですか、嫌いですか」
ラウラが問いかけ、ルルウが勢い込んで言う。
シャンテは腕を組んで考え込んだ。
「改めてそう言われると、確かに答えを出しづらい質問だな。元々私たちが結婚したのは和平のためだから。……保留ではだめか?」
「だめです!」
風の双子が頭の両側から叫んだ。
シャンテはもう一度考え直した。銀色の耳と尾がゆらゆらと揺れる。
「好きか、嫌いか……」
互いに本気で殺し合った間柄だ。
相容れることのない一生の敵であるはずだった。だがそこに、嫌いという感情はなかった。嫌いだから戦っていたわけではない。敵だから戦った。好きだの嫌いだのという感情は存在しなかった。
二年前の戦いが胸に過ぎる。
あの時、なぜアルシードを庇うような行動を取ってしまったのか。
未だに答えは出ていない。
花畑の一時を思い出す。
アルシードは邪魔な存在でしかないはずだった。それなのに戦神の剣に惹き込まれて、気づけば二人で剣舞をしていた。
それは苛立つどころか、心が満ち足りたような錯覚すら感じさせられた。
気づけば、結婚してからずっと、戦神の顔よりも、アルシードの表情ばかりが目に付く。
「二人と同じかもしれないな」
「好きかと言うとわからないけど」
「嫌いかと言われるとそれも違う、ですか?」
「この腕を失った時のことを、二人は知っているか?」
「はい。卑怯にもシェン族の射手がシャンテ様と戦神の戦いの最中に毒矢を放ち」
「矢傷を受けた姫様の腕を、あの憎きオルムトの長が斬ったのです」
シャンテは頷いた。
その時の光景も感情も、今でもはっきりと覚えている。
「あの時、シェン族の矢はアルシードを狙っていた。最初から狙っていたのかはわからないが、私にはそう見えた」
「え?!」
「ではなぜ姫様が?!」
シャンテは左肩にそっと触れた。
「庇ってしまったんだ。咄嗟に。アルシードに矢が当たると思ったら、体が勝手に動いていた。……今までずっと不思議に思っていたんだが、おそらく私は、あの男に死んでほしくなかったんだろうな」
兄や風の双子に対する穏やかな気持ち、家族への愛情とは違う。
アルシードのことを考えると沸き起こってくるものは、平静でいられないほど心をかき乱す感情。それでいて、いつもアルシードの姿ばかりが目に入る。
決定的に戦神に対する感情が傾いたのは、あの花畑での剣舞。
あの時、確かにシャンテの心は高ぶっていた。なのにそれは、戦場のように荒々しく、我を忘れるほど強烈なものではなかった。高揚しているのに穏やかで、いつまでも、その時を終わらせたくないと無性に願ってしまった。
そんな感情を味わったのは、初めてだった。
「たぶん、私はあの男が好きなんだろうな。……生涯最高の敵として焦がれているのか、一人の異性として惹かれているのかは、まだわからないけれど」
髪を梳く手が止まった。こういう時にすぐに反応するはずの双子の声が聞こえない。
シャンテは体をひねって振り返った。
「だが、それとこれとは話が別だ。二人とも、嫌なことがあったりされそうになったりしたら、すぐに私に言うんだぞ。……それと、この話は誰にも内緒だぞ?」
「は、はい!」
「もちろんです!」
風の双子は顔を赤くして何度も頷いた。
「さあ、私のことはもう大丈夫。二人ともそろそろ行きなさい」
「はい、姫様。おやすみなさい」
「それでは姫様。失礼します」
「ああ、おやすみ」
シャンテの元を辞した風の双子は、ルィ・エパーヤの外で互いの顔を見ると大きく頷いた。
二人とも寝支度は済ませており、髪も下ろしている。
そうしてみると、本当に見分けが付かない。下手をすると、実の両親ですら間違えるほどだった。今まで二人を完璧に見分けられたのは、シャンテだけだった。
二人は互いに背を向けて、まるで決戦に赴くような面持ちで、両隣のルィ・エパーヤに入っていった。




