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合同試合 ~風の双子~

 シャンテがオルムトに来て一ヶ月が経ったある日の朝。

「戦士たちの合同訓練があるから来い」

 とアルシードに言われた。今は散って暮らしているオルムトの戦士たちが一堂に会し、試合をするのだという。

 自分もそれに参加しろと言うことかと思っていたら、「闘神が出たら試合にならん」と一蹴された。当然、アルシードも参加しない。単に試合を見物するだけらしい。


 シャンテは風の双子を伴って訓練場へ向かった。

 すでに他集落の戦士たちも大勢集まっていた。

 オルムト支族であることを示す戦装束は一緒だが、集落ごとに色や細かい模様が異なっている。

 訓練場に引かれた大きな四角い線の中に、それぞれ二人ずつ同じ戦装束の戦士たちが入っている。併せて十六人。

 それ以外の戦士たちは線を囲むように立ち、別の集落の戦士たちと話している。

 円陣の外に、一カ所だけ木で作られた壇があり、絨毯と敷物が敷かれていた。


 アルシードとシャンテがそこに上ると、戦士たちの会話が止まった。全員が壇上の二人を、というよりもシャンテを注視している。中にはあからさまな視線もある。

 まるで見世物だなと、シャンテは内心苦笑した。

 アルシードと結婚してから一ヶ月経ったとはいえ、こうして戦士たちの前に直接姿を現したのは今日が初めてだ。オルムトの戦士たちにとって、命の危険なく闘神を見られる絶好の機会、というわけだ。

(どういった内緒話をされているか……)

 純粋に好意的な者は、いたとしてもわずかだろう。大半は身内や友を闘神に殺された憎悪。それと多少は冷やかしの好奇心もあるかもしれない。

 それでも直接的な行動に出ないのは、闘神に警戒しているからか、彼らの長の妻だからか。

 陰口ならフーロウにいた頃から慣れている。フーロウを守るためにシャンテは戦い、時には命を奪った。そしてそれはオルムトも同じ事。その程度のことで気にしていたら、きりがない。


 シャンテが心配するのは、ラウラとルルウだ。

 二人には、昔からシャンテのこととなると衝動的に行動してしまう嫌いがある。オルムトに来た直後に喧嘩を売っていたのも記憶に新しい。シャンテへの態度があまりあからさまだと、二人の忍耐は早々に切れてしまうかもしれない。

 頼むから短気なことは起こすな、と注意を促すつもりで二人に視線を送るが、ラウラとルルウは戦士たちを険悪な表情で睨むのに忙しい。

 それに気づいた戦士たちと、眼の飛ばし合いに発展していた。

 シャンテは頭を押さえてため息をついた。

「アルシード、二人が粗相をしないうちに、さっさと始めてくれ」

「放っておけ」

 突き放した言い方だが、アルシードの目は明らかに事態を面白がっていた。その後ろにいる火の双子も「勇気と無謀は紙一重」「でもそこがかわいい」などと勝手なことを喋っている。

 見物人の中から出てきた初老の男の顔を見て、シャンテの不安は益々膨れ上がった。


「長よ。長が始められた恒例の合同試合ではあるが、今回はいつもと訳が違う」

 若い頃はかなり腕を鳴らしたのだろうと察せられる大柄な体格と、味方をも威圧する強面の男が、眼光鋭く言う。その目が、アルシードだけでなく、シャンテにも風の双子にも注がれる。それだけでその男がこれから言うことに察しがついた。

「闘神といえばオルムトの仇敵。だが喜ばしいことに、この度我らオルムトの戦士となった。長との結婚によってな。いや実に喜ばしい」

 重ねて言う割に、ちっとも喜んでいるようには聞こえない。その口ぶりは、婚礼の三日目に現れたモーグ支族の長とその弟を思い出させた。

「しかしながら、闘神が本当にオルムトのために剣を振るえるのかどうか、我らとしては今ひとつ信じがたい」

 アルシードを制して、シャンテは答えた。

「私は、オルムトの守り神の前で闘神の剣をオルムトに捧げると決めた。それでも私を疑うか」

「ではフーロウとも戦えると断言できると? オルムトのためにフーロウの長をその手で斬れるのか?」

「フーロウとオルムトは和睦を結んだ。あなたは此度の婚儀の意を知らないのか」

「闘神がそのつもりでも、フーロウの長の真意はわかるまい。和睦を結んだと見せかけて、攻め入ることくらいできよう」

 シャンテは立ち上がった。

 やめろ、とアルシードが叫ぶ。

 それを無視して壇上を降り、男の前に立った。

 剣を握っているわけでも怒声を上げたわけでもない。だというのに、男はシャンテの気迫に気圧されてたじろいだ。それに気づいて慌てて取り繕い、胸を張ってシャンテを見下す。そんな虚勢は、闘神の前では無意味だった。

「兄への侮辱は私が許さない。次に私の前で兄のことを悪く言おうものなら、誰であろうと関係ない。その舌、斬り飛ばす」

 シャンテの静かだが苛烈な怒気と殺気に、男の顔が引きつった。シャンテが喩えで言ったわけではないと感じたのだ。

 シャンテは怒っていた。それはもう大変に怒っていた。総動員させた理性でかろうじて剣を抜かずに済んでいる状況だった。


 シャンテが壇上に戻ると、アルシードが鼻を鳴らした。

「貴様のせいで合同試合の場が白けた。どうしてくれる」

「知るか。おまえにも言ったはずだぞ。偽りあらば首を刎ねる、と」

「好きにしろ。だが、落とし前はつけてもらおう」

 アルシードは、シャンテに喧嘩を売った男を睨み殺さんとしている風の双子に声をかけた。


「竜巻娘ども。主の不始末はおまえたちがつけろ」


 突然言われた二人は驚いてアルシードを見た。

「やることは簡単だ。この合同試合に参加して優勝しろ。そうすればおまえたちの主の不始末は許してやる。だが負けたらおまえたちが罰を受けろ」

「待て、アルシード! それは私が負うべきことだろう!」

「おまえに罰を与えてもさしたる効果はない」

 シャンテとアルシードのやりとりを聞いて、風の双子が俄然、勢い込んで叫んだ。

「ご安心ください、姫様!」

「心配ご無用です、姫様!」

「オルムトの男どもなど」

「我らの手で一人残らず」

「粉々のぎったぎたに」

「打ち砕いてやりましょう!」

 もうラウラとルルウはやる気満々である。姫様を侮辱した不届き者どもを自らの手でこらしめてやれるとあって、目を爛々と輝かせている。

 それが心配なんだと言っても聞き入れそうにない。横を見れば、アルシードはまだ面白がっていた。

「アルシード。悪ふざけはいい加減にしろ」

「ふざけてなどいない」

「では二人が負けた場合、何を罰とするつもりだ」

「そうだな。……ではオルムトの男と結婚させてやろうか」

「結婚?! やはりふざけているだろう!!」

「安心しろ。試合に出る男共は全員独身だ」

「そういう問題ではない!」

 アルシードの説得を諦めて、シャンテはラウラとルルウに向き合った。

「二人とも、私のことなど気にしなくていいから、冷静に考えなさい。負けたら結婚させられるんだぞ」

「大丈夫です、姫様!」

「我らが優勝すればよいだけのこと!」

 二人は全く怯まない。

「姫様を侮辱することは」

「我らが許しません!」

「しかし……」

 説得の言葉を考えあぐねるシャンテに、「姫様」と、ラウラとルルウは打って変わって真剣な表情を見せた。

「姫様がオルムトに嫁いだ時より」

「姫様の従者である我らも」

「いずれはオルムトの男と結婚せねばならない」

「そう覚悟をしておりました」

「どうせ、せねばならぬのなら」

「我らより強い男と結婚したいと思います」

 シャンテは言葉を失った。二人がそこまで真剣に考えているとは思ってもいなかった。


「話は決まったようだな」

 アルシードがせかす。シャンテはまだ葛藤していたが、二人はにっこりと笑った。

「姫様。我らが勝って参ります故」

「どうか安心して我らの勇姿をご覧ください」

 シャンテの心配を余所に、二人はさっと陣の中に入る。

「数が合わんな。カル、クム。おまえたちも参加しろ」

 命令を受けて、火の双子も陣の中へ。


 アルシードが立ち上がる。

「それでは、これより合同試合を開始する。各々配置につけ」

 試合は、各集落の代表二名が一組となって対戦し、最後の一組になるまで勝ち進む。今回は急に風の双子と火の双子の参加が決まったため、計十組による試合となる。

 円陣の中で二試合ずつ勝負が進み、十組から五組に減った。


「自分の従者が負けることを心配しているのか」

 アルシードが戦士たちの歓声に紛れてそんなことを言った。

 双子の試合をはらはらしながら見ていたシャンテは、図星を指されて咄嗟に否定した

「心配などしていない。あの二人に剣を教えたのは私だ」

 シャンテがまだ双剣を握っていた頃から、二人に剣を教えていた。双子は双剣の使い手にはなれなかったが、二人が一体となって戦う姿は、シャンテの双剣を思わせる。

 そして幸いなことに、この合同試合は二人一組だ。まさにラウラとルルウの独擅場である。

 二人の試合模様を見て、アルシードが鼻を鳴らす。

「闘神の双剣の再来か」

「寝首をかかれぬよう、気をつけることだな」

「おまえ以外に俺の寝首をかける者などいるものか」

 アルシードは小さく呟いた。シャンテには聞こえたが、何も返さなかった。

 シャンテが見守る中、双子は順調に勝ち進んでいった。


 アルシードが言った「風の双子に勝ったら結婚」という条件は、どうやら半ば以上独身戦士たちの意欲をかき立てたらしい。

「オルムトは深刻な嫁不足に悩まされているのか?」

「そういうわけではないはずだが……」

 提案した当人も、この反応は予想外であったようだ。

 鼻息も荒く突っ込んでくる男たちに、ラウラとルルウは若干怯えつつも、的確に太刀筋を見極め、決して正面から受けず、いなしながら木剣を打ち込む。一対一にはならないように常に立ち位置を変えながら、確実に一人ずつ仕留めていく。

 一試合目、二試合目を順調に勝ち進んだ。普通の男の戦士と比べても、体格、体力、腕力に劣る二人は、小柄な体型を生かした身のこなしと無駄のない剣筋、そして双子ならではの絶妙な連携で立ち向かう。

 二人の戦いぶりを見て、アルシードは「思ったよりはよい動きだ」と述べた。

「だが、この強さが双子故というだけであれば、うちのには負ける」

「火の双子か……」

 無表情のカルシェンとクムシェンを探すと、こちらも勝ち進み、決勝戦に残っている。見たところ疲れている様子もない。すぐに顔に出るラウラとルルウとは正反対の双子だ。

 そして、ラウラとルルウも決勝戦まで駒を進めた。

 見物人も大いに盛り上がっている。


 野次には耳も貸さず、風の双子は息ぴったりに木剣を突き出す。

「ここで会ったが百年目!」

「日頃の恨み、今日こそ晴らしてくれよう!」

 対する火の双子も木剣を構える。

「受けて立つ」

「ここで決着をつけよう」

 野次も歓声も最高潮に達した。

 アルシードは首を傾げた。

「……カルとクムは別として、竜巻娘どもはなぜあいつらを敵視しているんだ?」

「火の双子が二人にちょっかいを出すからだろう」

 シャンテはそう答えた。ラウラとルルウの日頃の怒りっぷりを知らないアルシードにはわからなかったようだ。


 最後の試合が始まった。

 風の双子は今まで通り、二人で一人に立ち向かう。

 しかし火の双子はそれ以上だった。技量、体力、俊敏さも、すべてラウラとルルウを上回っている。風の双子十八番の連携も言わずもがな。

 実戦経験がある分、ラウラとルルウの方が分は悪い、とシャンテは考えていた。シャンテが大怪我から復帰した後、二人も戦場に同行したが、あまり激しい場所は避けさせていたせいもある。

 一方、カルシェンとクムシェンはアルシードと共に何年も最前線で戦ってきたはずだ。

 それに、風の双子の戦い方は、初見であれば隙も生じたかもしれないが、ここまで三試合もこなしている。しかも二人はそれらをすべて全力でこなしてしまった。体力的にも不利である。

 最初の勢いは風の双子にあったが、次第に押され始める。火の双子がわざと持久戦に持ち込んでいるのだ。


「今なら棄権できるぞ」

 アルシードが横から言った。

 どちらが勝つか、もうアルシードの中で結果は出ている。

 感情とは裏腹に、シャンテもそれはわかっていた。だが、アルシードの言葉を受け入れるわけにはいかない。

「止めはしない。二人はおまえの条件を受け入れ、覚悟をした上で挑んでいるのだから」

 ここでシャンテが試合を止めてしまえば、ラウラとルルウの矜持を傷つけることになる。初めに二人が引かなかった時点で、シャンテは試合を見守ることしかできないのだ。


 一際歓声が上がる。

 試合が終わった。

 木剣を失ったラウラとルルウが地面に座り込み、悔しそうにカルシェンとクムシェンを睨んでいた。

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