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風の舞手

 大祭の準備を進めながらも、シャンテは暇を見つけては風の双子と一緒に祭壇へ足を向けた。


 そこで、一人の少女と仲良くなった。

 初めに舞を見学していた時、最後の風の舞を踊ると聞いた少女だ。一人でこっそりと舞台横のエパーヤの裏へ行くのを見つけ、思い切って声をかけたのだ。


 そこにも草花が埋め尽くしていた。その中に、少女が立っている。麦色の髪と黒い目、根元が黒い麦色の三角の耳と尾を持つ少女だ。思い詰めた表情でじっとうつむいていたと思ったら、急に踊り出した。羽でも生えているかのように軽々と宙を舞い、美しい所作でしなやかに舞う。


 まるで天女のようだとシャンテは思った。

 舞が終わった頃合いを見計らって、シャンテは少女に声を駆けた。

「とてもきれいな舞だな」

 その声で、初めて見物人がいたことに気づいたのだろう。少女は驚いた表情で振り返った。

「勝手に見物してすまない。私はシャンテ。先日オルムトに来たばかりだ。あなたはオルムトの巫女?」

 シャンテの女性らしくない物言いと腰の双剣を見て、少女は二重に驚いた顔をした。

「ち、違います。私はエフィア。踊り子です」

「さっき、祭壇で舞っているのを見たんだ。とてもきれいだった」

 少女は悲しそうに顔をうつむかせた。

「そんな、ことないです。マサラ様にはいつも叱られてばかりで……」

「確かに。あの御仁は怖そうだ。あなたが怒られてしまうなら、きっと私も怒られてしまうな」

 エフィアと名乗った少女は、まじまじとシャンテを見て、目が合うとくすくすと笑い出した。

「ご、ごめんなさい」

「気にしないで。邪魔したのは私だから。一人で練習していたんだろう?」

「ええ。大祭までもうあまり時間がないのに、どうしても良い舞ができなくて……」

「私には十分美しく見えたが」

 エフィアは首を振った。

「守り神には最高の舞を奉納しなければいけませんから。これではまだまだです」

「随分厳しいんだな。マサラ殿か?」

「いいえ。私には舞うしかできないんです。だからこのお役目を全身全霊で果たさなければならないのです」

「いつもここで練習をしているのか?」

「はい。最近は毎日」

「もし迷惑でなければ、また見に来てもいいだろうか」

 エフィアは目を丸くしたが、すぐに嬉しそうに微笑んだ。

「ええ。……あ、でもマサラ様には気をつけてくださいね。きっと怒られてしまいますから」

 エフィアは茶目っ気たっぷりに答えた。二人は目を見合わし、おかしそうに忍び笑ったのだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 エフィアはオルムトとは異なる支族の出だった。

「みなさんは、イオヌ支族をご存じですか?」

 エフィアが休憩しているとき、そう尋ねられた。

「私も幼い頃に滅びた支族だから、ラウラとルルウは覚えていないかもしれないな。確か、滝の傍に暮らす支族だったかな。歌や舞が得意だと聞いたことがある」

 首を傾げる双子に代わってシャンテが答えると、エフィアは嬉しそうに頷いた。

「そうです。父も母も、支族のみんなが踊り上手で、歌の聞こえない日はありませんでした」


 イオヌは十年前にシェン族に滅ぼされた支族だった。

 目も鼻もいいルマナ族の見張りの目をかいくぐり、真夜中に大勢力で奇襲を受けたイオヌはその日に壊滅。当時のフーロウの長であったシャンテの父が報せを受け取った時にはすべてが終わっていた。

 方々に逃げ惑ったイオヌの者たちが、フーロウに助けを求めに来た。村は騒然となり、殺気だった気配に、シャンテは目が覚めた。ムートにまだ寝ていていいと言われたが、その時はどうしても寝付けなかった。村にもたらされた不穏な気配を、幼心にも敏感に感じ取っていた。

 戦やシェン族との攻防を実感したのはその時が初めてだった。


 後になって長になった兄に教えられたのだが、父はすぐさまイオヌの村に偵察を送っていた。そこに残された遺体の数と、フーロウやオルムトに逃げ延びた者の数を足しても、人口の半数に満たなかったという。

 半数近くのイオヌの姿が忽然と消えた原因は、シェン族だった。


 シェン族はルマナ族を滅するためにイオヌを襲ったのではなかった。シェン族にはない耳と尾を持つルマナ族を捕らえ、見世物や奴隷にするために来たのだ。

 半数近くのイオヌの民はシェン族に捕まり、彼らの国に連れて行かれたのだろうと、ムートは苦々しい表情で言った。


 人間は自分たちと見目形の異なる者を珍しがるだけでなく、見下し、あるいは見世物とすることもあるのだと、兄は珍しく怒りを滲ませていた。

 人間に興味はあっても嫌悪は抱いていなかったシャンテは、この頃から一方的に好意を持てなくなった。


 エフィアは母と共に命からがら逃げ回り、オルムトに辿り着いたのだそうだ。戦士であった父親はシェン族と戦い、帰らなかったという。


「長らく敵対していた支族ではありますが、オルムトの皆様は私と母、他の同族たちを温かく受け入れてくださいました。今度の大祭で舞手に選ばれたことは、今は亡き母と私の最大のご恩返しなんです」


 だから絶対に成功させたいんです、とエフィアは決意を込めて語った。


 その気持ちはとても強いのだろう。毎日、日の出から日の入りまでほとんど休むことなく舞の稽古に打ち込んでいた。シャンテたちが来て初めて休憩をしたという時もよくあった。マサラに幾度厳しくされても決して弱音を吐かない。


 それと同時に、帰りがけ、マサラが心配そうにエフィアを見ている姿も頻繁に目にした。


 普段は気弱な性格なのに、一族のご恩返しのためと我が身を鞭打つエフィアを、シャンテは眩しそうに見つめていた。

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